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和ごよみ短編集

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《其の2》『めざめ』





「雪… 冷たかったでしょ」

小枝に残った雪からひと雫、ひと雫、冷たい白い絨毯に 土色の色を挿していった。
顔色ならば やつれて血の気を失ったとされる色も 大地には歓び活力の色となる。

凍える白い手で 小枝の雪を払い落とす。
枝に芽吹いた梅の蕾。
緋色に似た殻に包まれた薄絹のような柔らかな花弁はまだ開花の時を知らない。
「雪… 冷たかったでしょ」
細い指で その蕾に触れる。
「この花が 紅ければ わたしの想いは伝わるのに……」
幼女は、毎日白梅の樹に願掛けをする。神仏へのお勤めのように 樹の幹に触れ、願い事を一心に祈る。幾つの歳月を経てもかわらない。
それなのに 想う相手は大志を抱き、旅立ちの彼方へと行ってしまった。

『いつか 紅梅が咲いたら 逢いにおいで』

幼女もいつしか 乙女になった。
紅い花を咲かせない蕾のついたひと枝を折って胸に抱いた。
想いの深さを感じた。
部屋の水差しに挿した小枝の蕾は、その水を活力に重い殻を開いて真っ白なその姿を見せ始めた。乙女は、その梅の蕾を届けたいと思った。
近しいひとたちにも 秘めた想いだった。誰かに話せば 願掛けの効力が消えてしまう。

春風が吹く。東より吹く風。『こち』……  『あいの風』にはまだ遠い。

春風が乙女の髪を揺らす。気付かないほどに髪を撫でる。
幼き日に 想う人が触れてくれた温もりは はるか彼方の記憶の落し物。この心地よさをそれと思う。

根雪が溶けて 氷を解く。ある雪は雫となって 地に還る。暖かな陽射しは 春のおとずれを祝う。緩やかにせせらぐ水に息を静めていた地は その姿を見せ、潤い輝く。大地が育んだ命が芽生え始めた。
ひとつ またひとつ色挿す草花。福寿草。ふきのとう。ねこやなぎも銀白色の毛を覗かせる。梅の蕾も殻を開いて こころ膨らませて開花のときを待つ。

水差しに挿した小枝の堅く結んだ白梅の蕾のひとひらが 開きはじめた。 
乙女が 懐(いだ)く想いを 恋と知る日も近いのか。

ゆっくり ゆるぅり……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶