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和ごよみ短編集

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着いたところは、小高い山に続く野原でした。
父と夫が、軽トラックで近くまで運んだ茣蓙(ござ)を持ってやってきました。
今どきだと感じたのは、大きなブルーシートを広げて敷き、その上に茣蓙を敷いたことでした。
「やっぱりこれじゃないとね」
そう言って祖母は、娘の靴を脱がせ、茣蓙に上がり、真ん中辺りに座りました。
亡くなった祖父が、編んだものらしい。祖母にとっては、毎年、思い出に浸っているのでしょうか。少しチクチクする茣蓙の肌触りも その良さなのかもしれません。

「もう 桜の見頃もわずかだね。直会(なおらい)せんと 爺さんに叱られるでね」
聞きなれない言葉が出てきます。訊こうかと戸惑う私に、お重を広げながら母が耳打ちしてくれました。
「お母さんも、あまり知らないんだけどね、神様と同じもの戴いて 豊作にして頂戴ねってことらしいのよ。もう私の世代でも言葉すら知らないわ」
「そうなんだ……」
「お母さんが嫁いだ頃、お姑さんのもひとつ上の大姑さんが『夏初月(なつはづき)の準備せんといかんね』って言われて何のことだかわからなくてね」
「夏初月(なつはづき)?」
「そう。何で夏? って 困っちゃったわよ」
「そっかぁ……」
今ならわかる。曾祖母の姉がいったこと…… 
旧暦では 夏が始まったということだったのでした。

私は、れんげの花を編んで 娘の髪飾りを作ってあげました。
娘のところに行くと、母といっしょに 土筆(つくし)を摘んでいました。手に数本握り持った土筆がしな垂れていました。夫は、父と山の近くに出かけていたようで、スーパーのビニールの手提げ袋にいっぱいのぜんまいがはいっていました。
夫は、しきりに「楽しい楽しい」と子どものようです。たぶん都会で生まれた夫には こんな田舎など来る機会がなかったのでしょう。私のおかげね、と自慢したくなりました。

ゆっくりとお重のご馳走を みんなで食べて、周りの花を咲かせた木々を見ながら、父は少々お酒も飲んで 楽しそうに語らい、笑い、過ごしました。

暖かな空気に やや涼しい風が混じり始めた頃、私たちは 後片付けを始めました。
祖母は、娘の手を握り、空を飛ぶ小鳥を見上げて呟いたように言いました。
「ゆっくり 遊ばせてもらいました。神様も楽しんでくださったかねぇ」
「おばあちゃん、遊んだの?」
娘が訊きました。
「そうだよ。野遊びっていうの。心と体を春の日で清めて、おいしい米や野菜を作るのよ」
娘は、祖母の笑顔につられたように笑いました。
「さっき、摘んだ土筆のはかま取り、手伝ってくれるかな」
「うん」
春の陽射しが、都会では見ない娘の笑顔をきらきらと輝かせていました。

数日後、普段の生活に戻った私たちの家に実家から小包が届きました。
押し花にしたつつじの花便り。
ぜんまいの佃煮とよもぎ餅がはいっていました。
いつまでも あったかい春のような郷のことを 娘は想い出すことがあるかしら。

うらうら うらら……




     ― 了 ―



作品名:和ごよみ短編集 作家名:甜茶