ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!
ようこそお越し下さいました。
伊勢界《いせかい》トラベル&ツアーズの高穂木《こうほぎ》と申します。
お客さまは、どのようなツアーをご希望ですか?
え、はい。もちろん各種手配も承っております。
国内海外はもちろん、お望みでしたらそれ以外にも。
それ以外って、何かってですか?
そうですね……少々お待ちくださいね。
私は高穂木はるか。今年大学を卒業して大手の旅行会社に就職したんだけど、なぜだか急に解職されて、色々あって今は別の旅行会社に勤めてる。
いま、一人のお客さまのご予約をお受けしたところ。
今どき何でもオンラインで予約できる時代だというのに、わざわざ普通の出張の手配を依頼された。
何もこんな辺鄙な代理店に頼むようなことじゃないのに。
でもまあ、こういう普通の案件をこなすのも楽っちゃあ楽なんだけどね。
私がここに就職を決めたのは、って言うか無理矢理させられたっぽいんだけど、自己紹介代わりに話しておいた方がいいかもね。
さっき言ったように、私は大手の旅行会社に入社した。
でも、試用期間満了前に急に辞めさせられて……
また最初から就活しないといけない身になって落ち込んでたところに、全然知らない会社からオファーが来たのがきっかけ。
それが、今の職場、伊勢界T&T。
聞いたこともないし、名前も変だし、初めは怪しいと思ってた。
だって、給与は大手よりいいし、世界中の交通機関が乗り放題なんて盛り過ぎの特典付きって、普通信じられないでしょ?
なのに国内だけは社用でない限り自腹とか意味不明だし。
でも、なんかお願いされて、面接だけは行ってあげることにした。
その時の話ね。
送られてきた所在地に行くと、そこは何の変哲もないオフィスビルだった。13階まで上がって一番奥の扉にその名前を見つけた。
どう見ても旅行会社のようには見えなかった。
ドアに金属のプレートが付いているだけ。
店舗は別にあって、ここは本社だけなんだろうって思うことにした。
ドアを開けて出て来たのは40代くらいの男性で、私をまるでお客のように迎えてくれた。
「あの、私は……」
「面接に来てくださった、高穂木はるかさんですね。お待ちしてましたよ」
男性は愛想よく言って、私を中に招じ入れた。
どうやら客と間違われているわけではないらしい。
事務所内には他にひとり、20代後半くらいの男性がパソコンに向かっている。
軽く会釈して、促されるまま奥へ向かった。
小さなオフィスの一角に、形ばかりの応接コーナーがあり、そこに掛けるよう言われた。
男性がお茶を持って戻って来て、私に言った。
「今日は面接に来た頂いて、ありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「私は、当伊勢界トラベル&ツアーズの社長で、|友重《ともしげ》です」
「高穂木はるかです。よろしくお願い致します」
社長と聞いて、もう一度頭を下げた。
「まず、あなたには申し訳ないことをしたと、心からお詫びします」
社長の友重が、深々と頭を下げる。
え? なんで私、謝られてるの? この人、社長なんじゃないの?
って、まさか――
「実は、あなたが前職を辞めなければならなかった理由が、私どもにあるのです」
面接に呼んでおいて、いきなり不採用宣告かと思いきや、想定外のことを言われて反応に困った。
友重社長が続ける。
「当社は御覧の通りの零細企業です。従業員は私も含めて現在は4人しかいません。先月まではもう一人いたのですが、ある事情で消息が掴めなくなりまして、適任者を探していたのです」
「それが、私ということでしょうか」
「そうです。あなたの前職場での仕事ぶり、ポテンシャルがどうしても欲しくてですね。ちょっと働きかけを――」
「すみません」
私は慌てて言った。「会社に何か、私のことを仰ったとか、そういうことですか?」
「いえいえ、そんなことはしません。ですが、ちょっとしたコネを使わせて頂いた次第で」
それなら、どうしてヘッドハンティングしなかったのよ。いきなり解雇されて凹んでたんだから――
その思いを察してか友重が言った。
「ですので、高穂木さんにはその分も含めた待遇をご用意したのです」
まあ、異常なほどの好待遇なのは確かだった。
福利厚生も充実し過ぎているくらいだし。
「すみません、そういうことならばこの面接は――」
「私どもが、高穂木さんに評価してもらうということになります」
「では、お受けしなくてもいいと?」
「それは、あなたのご意志にお任せします。しかし、まずは諸事項についてご確認頂きたいのです。その上で判断して頂けると助かります」
そう言って友重が書類をテーブルに置いた。
送られてきた書面よりも多くの事項が書かれていた。
基本週休2日(土日祝日は出勤定位)、固定休日なし。但し基本休日、繁忙期は他日に振替有り。
食事手当(最高各500円)、出張手当、添乗手当(赴任地に応じて加減)、危険手当――
「あの……この、危険手当とは、何でしょう?」
「もし当社に入社して頂けるのであれば、ツアーのガイドも業務に含まれます。エリアによっては必ずしも安全とは限りませんので」
「そんな物騒な所に行きたい人はいるのですか?」
「むしろ私どもの本業がそちらなのですよ。零細企業が生き残るためには、オリジナリティがなければいけませんので」
「戦争やってる所とかも、行かなければいけないのですか?」
「まさか。大事な従業員をみすみす危地に赴かせることは本意ではありません」
「あと、就業日数が実際のカレンダーをオーバーした場合とは、どういうことなんでしょう?」
「まあ、時差の問題ですね。海外からだと一日が24時間に収まりきらない場合もありますから」
なるほど、そういうことか。
その時は、そう思った。
その他、通常の就業規則には見られないような点を幾つか確認し、数日考えさせてもらえるよう頼んだ。
そうなんだけど。
そのはずなんだけど。
とりあえず1か月だけでも実際に働いて、それから決めて欲しいと頼み込まれた。
しかも、基本給の半額前払いとまで言われて、頭を下げられた。
そこまでされたら、普通断れないよね。
それに、途中でやめても1か月分くれるって言うんだし。
そんなこんなで今、ここにいると言うわけ。
ここで受けてる予約のほとんどは、さっきみたいなごく普通の手配。各種公演とかのチケットも扱ってるから、穴場的に申し込みもそこそこある。一応、枠持ってるからね。大手じゃ完売でも少し余ってたりするから、知ってる人は知ってるんだって。どこにでも抜け道はあるものなんだね。
それともう一つ、ここの特徴があって、これは先の危険手当みたいなやつ? それに関することみたいなんだけど、通常のオンラインで繋がってない端末で受けてるらしい。
その担当が吉村さんで、いつも机の上で端末いじって何かしてる。
吉村さんってのは、面接の時にいたもう一人の男の人ね。
あとの二人の従業員は、それぞれ外国で仕事してるらしい。
これ聞いただけだと、ただの怪しい会社だよね。
でもさ、居心地いいんだ。
だから、今でもここにいる。
伊勢界《いせかい》トラベル&ツアーズの高穂木《こうほぎ》と申します。
お客さまは、どのようなツアーをご希望ですか?
え、はい。もちろん各種手配も承っております。
国内海外はもちろん、お望みでしたらそれ以外にも。
それ以外って、何かってですか?
そうですね……少々お待ちくださいね。
私は高穂木はるか。今年大学を卒業して大手の旅行会社に就職したんだけど、なぜだか急に解職されて、色々あって今は別の旅行会社に勤めてる。
いま、一人のお客さまのご予約をお受けしたところ。
今どき何でもオンラインで予約できる時代だというのに、わざわざ普通の出張の手配を依頼された。
何もこんな辺鄙な代理店に頼むようなことじゃないのに。
でもまあ、こういう普通の案件をこなすのも楽っちゃあ楽なんだけどね。
私がここに就職を決めたのは、って言うか無理矢理させられたっぽいんだけど、自己紹介代わりに話しておいた方がいいかもね。
さっき言ったように、私は大手の旅行会社に入社した。
でも、試用期間満了前に急に辞めさせられて……
また最初から就活しないといけない身になって落ち込んでたところに、全然知らない会社からオファーが来たのがきっかけ。
それが、今の職場、伊勢界T&T。
聞いたこともないし、名前も変だし、初めは怪しいと思ってた。
だって、給与は大手よりいいし、世界中の交通機関が乗り放題なんて盛り過ぎの特典付きって、普通信じられないでしょ?
なのに国内だけは社用でない限り自腹とか意味不明だし。
でも、なんかお願いされて、面接だけは行ってあげることにした。
その時の話ね。
送られてきた所在地に行くと、そこは何の変哲もないオフィスビルだった。13階まで上がって一番奥の扉にその名前を見つけた。
どう見ても旅行会社のようには見えなかった。
ドアに金属のプレートが付いているだけ。
店舗は別にあって、ここは本社だけなんだろうって思うことにした。
ドアを開けて出て来たのは40代くらいの男性で、私をまるでお客のように迎えてくれた。
「あの、私は……」
「面接に来てくださった、高穂木はるかさんですね。お待ちしてましたよ」
男性は愛想よく言って、私を中に招じ入れた。
どうやら客と間違われているわけではないらしい。
事務所内には他にひとり、20代後半くらいの男性がパソコンに向かっている。
軽く会釈して、促されるまま奥へ向かった。
小さなオフィスの一角に、形ばかりの応接コーナーがあり、そこに掛けるよう言われた。
男性がお茶を持って戻って来て、私に言った。
「今日は面接に来た頂いて、ありがとうございます」
「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
「私は、当伊勢界トラベル&ツアーズの社長で、|友重《ともしげ》です」
「高穂木はるかです。よろしくお願い致します」
社長と聞いて、もう一度頭を下げた。
「まず、あなたには申し訳ないことをしたと、心からお詫びします」
社長の友重が、深々と頭を下げる。
え? なんで私、謝られてるの? この人、社長なんじゃないの?
って、まさか――
「実は、あなたが前職を辞めなければならなかった理由が、私どもにあるのです」
面接に呼んでおいて、いきなり不採用宣告かと思いきや、想定外のことを言われて反応に困った。
友重社長が続ける。
「当社は御覧の通りの零細企業です。従業員は私も含めて現在は4人しかいません。先月まではもう一人いたのですが、ある事情で消息が掴めなくなりまして、適任者を探していたのです」
「それが、私ということでしょうか」
「そうです。あなたの前職場での仕事ぶり、ポテンシャルがどうしても欲しくてですね。ちょっと働きかけを――」
「すみません」
私は慌てて言った。「会社に何か、私のことを仰ったとか、そういうことですか?」
「いえいえ、そんなことはしません。ですが、ちょっとしたコネを使わせて頂いた次第で」
それなら、どうしてヘッドハンティングしなかったのよ。いきなり解雇されて凹んでたんだから――
その思いを察してか友重が言った。
「ですので、高穂木さんにはその分も含めた待遇をご用意したのです」
まあ、異常なほどの好待遇なのは確かだった。
福利厚生も充実し過ぎているくらいだし。
「すみません、そういうことならばこの面接は――」
「私どもが、高穂木さんに評価してもらうということになります」
「では、お受けしなくてもいいと?」
「それは、あなたのご意志にお任せします。しかし、まずは諸事項についてご確認頂きたいのです。その上で判断して頂けると助かります」
そう言って友重が書類をテーブルに置いた。
送られてきた書面よりも多くの事項が書かれていた。
基本週休2日(土日祝日は出勤定位)、固定休日なし。但し基本休日、繁忙期は他日に振替有り。
食事手当(最高各500円)、出張手当、添乗手当(赴任地に応じて加減)、危険手当――
「あの……この、危険手当とは、何でしょう?」
「もし当社に入社して頂けるのであれば、ツアーのガイドも業務に含まれます。エリアによっては必ずしも安全とは限りませんので」
「そんな物騒な所に行きたい人はいるのですか?」
「むしろ私どもの本業がそちらなのですよ。零細企業が生き残るためには、オリジナリティがなければいけませんので」
「戦争やってる所とかも、行かなければいけないのですか?」
「まさか。大事な従業員をみすみす危地に赴かせることは本意ではありません」
「あと、就業日数が実際のカレンダーをオーバーした場合とは、どういうことなんでしょう?」
「まあ、時差の問題ですね。海外からだと一日が24時間に収まりきらない場合もありますから」
なるほど、そういうことか。
その時は、そう思った。
その他、通常の就業規則には見られないような点を幾つか確認し、数日考えさせてもらえるよう頼んだ。
そうなんだけど。
そのはずなんだけど。
とりあえず1か月だけでも実際に働いて、それから決めて欲しいと頼み込まれた。
しかも、基本給の半額前払いとまで言われて、頭を下げられた。
そこまでされたら、普通断れないよね。
それに、途中でやめても1か月分くれるって言うんだし。
そんなこんなで今、ここにいると言うわけ。
ここで受けてる予約のほとんどは、さっきみたいなごく普通の手配。各種公演とかのチケットも扱ってるから、穴場的に申し込みもそこそこある。一応、枠持ってるからね。大手じゃ完売でも少し余ってたりするから、知ってる人は知ってるんだって。どこにでも抜け道はあるものなんだね。
それともう一つ、ここの特徴があって、これは先の危険手当みたいなやつ? それに関することみたいなんだけど、通常のオンラインで繋がってない端末で受けてるらしい。
その担当が吉村さんで、いつも机の上で端末いじって何かしてる。
吉村さんってのは、面接の時にいたもう一人の男の人ね。
あとの二人の従業員は、それぞれ外国で仕事してるらしい。
これ聞いただけだと、ただの怪しい会社だよね。
でもさ、居心地いいんだ。
だから、今でもここにいる。
作品名:ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ! 作家名:泉絵師 遙夏