焼きそばパンは正義!
その日も、昼休みの購買部は男子生徒の怒号が飛び交っていた。
4時間目の授業終了と同時に怒涛の如く押し寄せる男子生徒。その誰もがカウンターに辿り着く前から叫んでいる。
「おばちゃーん、焼きそばパン!」
「焼きそばパン一個!」
購買部の店員、友紀子は身構える。セットしておいた焼きそばパンとお釣りのセット。次々と伸びてくる手を的確にさばいてゆく。
焼きそばパンが売り切れると、次は卵サンドだ。値段は同じ。それらが売り切れるころになって、ようやく女子生徒の番になる。しかし、それとて男子と同じか、いや、それ以上に殺気立っている。コルネやフルーツサンドが蒸発するようにケースから消えてゆく。
これが、昼休みが始まって10分間の、購買部の最も忙しい、そして生き残りをかけた戦場だった。
「よくもまあ、焼きそばパンの連中は毎日毎日飽きもしないもんだわね」
購買部の店員は3人。常駐は友紀子一人だが、後の二人は昼だけのパートだ。その一人の芳江が呆れたように言う。
「炭水化物の塊なのにね」
友紀子は笑った。
「たまには、他のも食べてみたらいいのに」
芳江が、いつものように余っている定番のパンを見下ろす。
「血気盛んなガキどもだからね」
友紀子にも、ここの生徒と同じくらいの歳の男の子がいる。
「あれ?」
「どうしたの?」
普段はあまり口を利かない文代が声を上げたので、友紀子と芳江はともにそちらを見た。
「あらら」
ケースの中に、ひとつだけ焼きそばパンが取り残されている。
「おかしいわね。全部売っちゃったはずなのに」
友紀子は首を傾げた。真っ先に売れる焼きそばパンは、昼休み前にカウンターに全てセットしておくのが常だった。しかもそれは、甘い菓子パンのケースに入っている。
「まあ、いいわ」
友紀子は言った。「ダメもとで来た子がいたらラッキーよね」
三人は笑った。そんなさなか、当のラッキーな生徒が現れた。
「焼きそばパン、まだありますか?」
珍しく、女子生徒だった。女子とて、好きなものは好きだろう。ただ、殺気立った男子生徒の中に割り込めないだけかも知れないのだから。
「あら」
友紀子は笑顔を見せる。「あなたがラッキーさんね?」
女子生徒は怪訝な表情をする。
「あるわよ」
「それと、チョコ・コルネとイチゴミルク」
「ごめんなさいね。コルネは全部――」
背後からつつかれる。
芳江がケースを指している。空だったはずのケースに、ひとつだけチョコ・コルネがあった。
「あなた、本当にラッキーね」
友紀子はそれらを紙袋に入れて渡した。
「ありがとう」
女子生徒は微笑んでそれを受け取った。
「おかしなことも、あるもんね」
それを見送って、友紀子は呟いた。「ちょっと、疲れてんのかしら」
怒涛の十数分が過ぎれば、購買部は閑散とする。もう、昼食を求めに来る生徒もほとんどいない。三人はパンの売り上げを集計していた。
と、急に外が騒がしくなった。
激しい物音もする。
何事かと、のんびり買い物をしていた二、三人の生徒がおもむろに出口の方へ向かう。購買部は図書室やクラブボックス、倉庫のある特別棟の一階に位置している。その特別棟の建物が、地震のように揺れて、陳列棚の文具などが落ちる。
「な、何が起こったの!?」
友紀子はカウンターに手をついて言った。
「私、見て来ます」
芳江がカウンターから出る間際、様子を見に行っていた女生徒が悲鳴をあげて腰を抜かした。それと同時に入口から何やらなだれ込んできた。
これはただごとじゃないと、友紀子もカウンターを出る。
建物内に、何とも言えない匂いが充満している。甘いような、辛いような。
「た、助けて……」
入口まで駆けつけた時、一年生のリボンをつけた女子生徒が手を伸ばしてきた。彼女の下半身は、なにやら黒いものに埋まっていた。
三人がかりで、その少女を引き出す。ねっとりと粘ったそれは、信じられないことにチョコレートだった。
また、振動。窓ガラスが割れる。そこから無数のロープのようなものが入り込み、すぐさま引き上げていった。
女子生徒を引き起こし、安全な場所まで移動させてから、三人は二階の図書室への階段を上がった。ドアを開けると、中にいた生徒達が皆窓際に寄っている。そこまで行って目にしたものに、購買部職員三人は口をあんぐりとあけた。
校舎の上に、信じられないものが浮かんでいた。
巨大な焼きそばパンとチョコ・コルネ。
焼きそばパンは触手のように焼きそばを伸ばして男子生徒の何人かを捉え、チョコ・コルネの方は女子を狙い撃ちにしてチョコを吐き出していた。
そして、焼きそばパンの上に一人の少女が乗っているが見えた。それは、最後にそれらを買って行った女子生徒だった。片手でイチゴミルクの紙パックを持って笑っている。
「そんなに、焼きそばパンが好きなら、焼きそばパンの一部になっちゃえば?」
響き渡る涼しげな声。「そんなにチョコ・コルネが好きなら、チョコに埋まればいいのよ」
向かいにある校舎内を逃げ惑う生徒たち。男子には焼きそば、女子にはチョコ。情け容赦なく彼らは襲われてゆく。
「そんなに独り占めしたいんなら、いっそのこと食べられちゃえばいいのよ」
「あ……」
文代が声を上げた。
「何?」
「私、聞いたことがあります」
「だから、何?」
友紀子は急くように訊いた。
「昔、学食がなかった頃のパン争奪戦は地獄のようだったって。その時、焼きそばパンが大好きな子がいて……」
「それが、あの子? まさか!」
「男子と女子の間で、男子は焼きそばパン、女子はチョコ・コルネって取り決めができて、それが今でも暗黙の了解になってるって」
「それが、この騒ぎと何の関係があるって言うの?」
向こう側の校舎がチョコレートに包まれている。のたうつ焼きそばがチョコの飛沫をそこかしこにまき散らしている。
「あんた達は勝利者だよ」
チョコ・コルネに乗った少女が声を張り上げる。「戦利品に酔えばいいのよ。思う存分味わいなさい」
「ご、ごめんなさい! もう、あなたのを取ったりしないからっ!」
チョコの海に飲まれそうになりながら、一人の少女が叫ぶのが見える。
「早いもん勝ちで何が悪い!」
そう叫んだ男子生徒に、すぐさま焼きそばの触手が絡みつく。喚き続ける男子生徒の口に焼きそばが押し込まれる。
「だから、思う存分食べさせてあげる。もう二度と要らないっていうくらい」
「焼きそばパンは正義だ!」
勇敢な男子生徒の一団が、校舎の屋上で気勢を上げる。
「正義のために人を犠牲にするの?」
その声とともに、彼らは下のチョコの海へと薙ぎ払われた。
「正義はね」
少女が光に包まれる。「独り占めするものじゃないの。みんなのものなの」
晴れ渡った空から、白いものが落ちてくる。
それは、なぜか図書室の中にも舞い降りてきた。
「メレンゲだわ」
芳江が、手に受けたそれを舐めて言った。「それと、生クリーム」
その場にいた者達が、次々とそれを試してみる。
「あ、ホントだ」
「あっまーい!」
校舎に降り積もるメレンゲと生クリーム。
4時間目の授業終了と同時に怒涛の如く押し寄せる男子生徒。その誰もがカウンターに辿り着く前から叫んでいる。
「おばちゃーん、焼きそばパン!」
「焼きそばパン一個!」
購買部の店員、友紀子は身構える。セットしておいた焼きそばパンとお釣りのセット。次々と伸びてくる手を的確にさばいてゆく。
焼きそばパンが売り切れると、次は卵サンドだ。値段は同じ。それらが売り切れるころになって、ようやく女子生徒の番になる。しかし、それとて男子と同じか、いや、それ以上に殺気立っている。コルネやフルーツサンドが蒸発するようにケースから消えてゆく。
これが、昼休みが始まって10分間の、購買部の最も忙しい、そして生き残りをかけた戦場だった。
「よくもまあ、焼きそばパンの連中は毎日毎日飽きもしないもんだわね」
購買部の店員は3人。常駐は友紀子一人だが、後の二人は昼だけのパートだ。その一人の芳江が呆れたように言う。
「炭水化物の塊なのにね」
友紀子は笑った。
「たまには、他のも食べてみたらいいのに」
芳江が、いつものように余っている定番のパンを見下ろす。
「血気盛んなガキどもだからね」
友紀子にも、ここの生徒と同じくらいの歳の男の子がいる。
「あれ?」
「どうしたの?」
普段はあまり口を利かない文代が声を上げたので、友紀子と芳江はともにそちらを見た。
「あらら」
ケースの中に、ひとつだけ焼きそばパンが取り残されている。
「おかしいわね。全部売っちゃったはずなのに」
友紀子は首を傾げた。真っ先に売れる焼きそばパンは、昼休み前にカウンターに全てセットしておくのが常だった。しかもそれは、甘い菓子パンのケースに入っている。
「まあ、いいわ」
友紀子は言った。「ダメもとで来た子がいたらラッキーよね」
三人は笑った。そんなさなか、当のラッキーな生徒が現れた。
「焼きそばパン、まだありますか?」
珍しく、女子生徒だった。女子とて、好きなものは好きだろう。ただ、殺気立った男子生徒の中に割り込めないだけかも知れないのだから。
「あら」
友紀子は笑顔を見せる。「あなたがラッキーさんね?」
女子生徒は怪訝な表情をする。
「あるわよ」
「それと、チョコ・コルネとイチゴミルク」
「ごめんなさいね。コルネは全部――」
背後からつつかれる。
芳江がケースを指している。空だったはずのケースに、ひとつだけチョコ・コルネがあった。
「あなた、本当にラッキーね」
友紀子はそれらを紙袋に入れて渡した。
「ありがとう」
女子生徒は微笑んでそれを受け取った。
「おかしなことも、あるもんね」
それを見送って、友紀子は呟いた。「ちょっと、疲れてんのかしら」
怒涛の十数分が過ぎれば、購買部は閑散とする。もう、昼食を求めに来る生徒もほとんどいない。三人はパンの売り上げを集計していた。
と、急に外が騒がしくなった。
激しい物音もする。
何事かと、のんびり買い物をしていた二、三人の生徒がおもむろに出口の方へ向かう。購買部は図書室やクラブボックス、倉庫のある特別棟の一階に位置している。その特別棟の建物が、地震のように揺れて、陳列棚の文具などが落ちる。
「な、何が起こったの!?」
友紀子はカウンターに手をついて言った。
「私、見て来ます」
芳江がカウンターから出る間際、様子を見に行っていた女生徒が悲鳴をあげて腰を抜かした。それと同時に入口から何やらなだれ込んできた。
これはただごとじゃないと、友紀子もカウンターを出る。
建物内に、何とも言えない匂いが充満している。甘いような、辛いような。
「た、助けて……」
入口まで駆けつけた時、一年生のリボンをつけた女子生徒が手を伸ばしてきた。彼女の下半身は、なにやら黒いものに埋まっていた。
三人がかりで、その少女を引き出す。ねっとりと粘ったそれは、信じられないことにチョコレートだった。
また、振動。窓ガラスが割れる。そこから無数のロープのようなものが入り込み、すぐさま引き上げていった。
女子生徒を引き起こし、安全な場所まで移動させてから、三人は二階の図書室への階段を上がった。ドアを開けると、中にいた生徒達が皆窓際に寄っている。そこまで行って目にしたものに、購買部職員三人は口をあんぐりとあけた。
校舎の上に、信じられないものが浮かんでいた。
巨大な焼きそばパンとチョコ・コルネ。
焼きそばパンは触手のように焼きそばを伸ばして男子生徒の何人かを捉え、チョコ・コルネの方は女子を狙い撃ちにしてチョコを吐き出していた。
そして、焼きそばパンの上に一人の少女が乗っているが見えた。それは、最後にそれらを買って行った女子生徒だった。片手でイチゴミルクの紙パックを持って笑っている。
「そんなに、焼きそばパンが好きなら、焼きそばパンの一部になっちゃえば?」
響き渡る涼しげな声。「そんなにチョコ・コルネが好きなら、チョコに埋まればいいのよ」
向かいにある校舎内を逃げ惑う生徒たち。男子には焼きそば、女子にはチョコ。情け容赦なく彼らは襲われてゆく。
「そんなに独り占めしたいんなら、いっそのこと食べられちゃえばいいのよ」
「あ……」
文代が声を上げた。
「何?」
「私、聞いたことがあります」
「だから、何?」
友紀子は急くように訊いた。
「昔、学食がなかった頃のパン争奪戦は地獄のようだったって。その時、焼きそばパンが大好きな子がいて……」
「それが、あの子? まさか!」
「男子と女子の間で、男子は焼きそばパン、女子はチョコ・コルネって取り決めができて、それが今でも暗黙の了解になってるって」
「それが、この騒ぎと何の関係があるって言うの?」
向こう側の校舎がチョコレートに包まれている。のたうつ焼きそばがチョコの飛沫をそこかしこにまき散らしている。
「あんた達は勝利者だよ」
チョコ・コルネに乗った少女が声を張り上げる。「戦利品に酔えばいいのよ。思う存分味わいなさい」
「ご、ごめんなさい! もう、あなたのを取ったりしないからっ!」
チョコの海に飲まれそうになりながら、一人の少女が叫ぶのが見える。
「早いもん勝ちで何が悪い!」
そう叫んだ男子生徒に、すぐさま焼きそばの触手が絡みつく。喚き続ける男子生徒の口に焼きそばが押し込まれる。
「だから、思う存分食べさせてあげる。もう二度と要らないっていうくらい」
「焼きそばパンは正義だ!」
勇敢な男子生徒の一団が、校舎の屋上で気勢を上げる。
「正義のために人を犠牲にするの?」
その声とともに、彼らは下のチョコの海へと薙ぎ払われた。
「正義はね」
少女が光に包まれる。「独り占めするものじゃないの。みんなのものなの」
晴れ渡った空から、白いものが落ちてくる。
それは、なぜか図書室の中にも舞い降りてきた。
「メレンゲだわ」
芳江が、手に受けたそれを舐めて言った。「それと、生クリーム」
その場にいた者達が、次々とそれを試してみる。
「あ、ホントだ」
「あっまーい!」
校舎に降り積もるメレンゲと生クリーム。
作品名:焼きそばパンは正義! 作家名:泉絵師 遙夏