時計
青春時代とは、幾ら満足に過ごせたつもりでも、悔いが残るものだ。
そんな言葉を聞いたことがある。
自分は、悔いのない青春時代を送れるのだろうか――綾音はそんなことを考えていた。
そして、ふと歌苗のことを思った。
たった三年の高校生活。綾音はそのほとんどの期間、歌苗の存在を知らずに過ごして来た。そして、卒業。歌苗にしてみれば、綾音など通り過ぎる一陣の風にも等しいだろう。しかし、綾音は歌苗に対してあまりにも強い印象を与えたに違いなかった。
寂しかったのだろう。
綾音は思った。もう自分との仲は元通りにならないと諦めているのかも知れない。
だから、出て来ないのか。
それでも、謝りたいのなら、少しくらい顔を覗かせてもいいのに。
お互いに意地の張り合い。そんなところか。
部屋の中が急に明るくなった。
「何だ、起きてたの」
ドアの所に、母が立っていた。
「うん――」
まともに強い光を見てしまったせいで、涙が滲んだ。彼女は目頭を強く押さえた。
「ご飯、もうとっくに出来てるわよ」
「分かった。今、降りてく」
綾音は起き上がって言った。
再び一人になると、綾音は汗で湿ったTシャツを脱ぎ捨てた。
代わりを出そうと、ベッド脇のチェストの方を向いたとき、カーテンが開けっ放しだったのに気づいて、彼女は慌てて灯りを消した。
そのまま暗い中で着替えを済ませると、綾音は階下へと降りて行った。