時計
「そうよ。あのとき、私は歌苗さんと出逢ったのよ」
「だって……、だって、綾音は何もなかったって――」
圭子の声が高くなる。
「私だって、すぐには信じられなかったのよ。それに、後でその話が出たときは、みゆきがいたでしょ」
苗穂みゆきは、歩く拡声器とも呼ばれていた。情報収集能力に長けていて、ひとたび入手された噂は彼女の中で増幅され、たちどころに公のものとなってしまう。
もし、綾音がみゆきの前であのことを話していたら、大騒ぎになったに違いなかった。それを思うと、今まで綾音が秘密を守ってきたのは、まさに正解であると言えた。
「じゃあ、あの花は……?」
圭子が言った。
「そう。歌苗さんがくれたものよ。――自分とのことを、夢だと思わないようにって。中庭で……」
「中庭?」
綾音は頷いた。
そして、「旧校舎のね」と言って、微笑んだ。