おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その59 受難の修学旅行
娘の修学旅行でのエピソードです。
昨年のコロナ禍、修学旅行が中止になる学校が多い中。
娘の中学は中高一貫校の為、高校入試が無いので、修学旅行は1月に予定されていた。
その頃には、コロナが治まってるだろうという見通しから、予定通り決行されるはずだった。
しかし直前の1週間前に、突然の緊急事態宣言発令!
当然、予定は撤回。子供たちにとっては、まさに緊急事態となった。
大事な青春時代の思い出の1ページやいかに!
この場合、父兄にとって気になるのはキャンセル料。
学校行事とは言え、百人規模での直前キャンセルじゃ、旅行代理店には大打撃。
それじゃなくとも、政府の施策『GoToトラベル』さえ自粛になった時分、キャンセル料は必要になるだろうって思っていたら、県内旅行なら緊急事態宣言下でも問題ないそうで、急遽行き先が近所の名所に代わってしまった。
しかもそれだけ大人数の予約が、簡単に取り直せるほど、世の中は外出自粛していたようだ。
小学生の遠足のような目的地にガッカリしながらも、完全になくなるよりはマシ。
宿泊は県内随一のタワーホテルになって、生徒たちはなんとか納得したようだった。
しかし娘にとっては、緊急事態がもう一つあった。
それは、修学旅行実行委員になっていたために、各所で行うはずだったレクリエーションを、急遽アレンジする必要に迫られたのだとか。
あと数日で小道具を準備し直し、クラス担任や教頭先生まで暗くなる時間まで手伝ってくれて、なんとか間に合ったそうだ。
それで修学旅行当日。
2泊3日の行程では、県内のお寺で座禅体験。ウォータースポーツ体験としてカヌーに乗って、家から自転車で行ける遊園地に観光バスで乗り付け、それなりに楽しかったようだ。
しかし実行委員はイベントの準備、その後の片付けで遊ぶ時間が十分に無いようだった。
夜のホテルでも、娘は食事だけみんなと一緒でも、次の打ち合わせもあり、部屋でゆっくりできない。
長い一日を終え、やっと自室に戻ると当然ドアには鍵がかかっている。
中には先にルームメイトがいるはずなのに、開けてくれない。
ピンポンを連打すると、遠くから「ムリ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「開けて!」ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!
「絶対ムリー!」
どうやらルームメイトはシャワー中のようだ。
仕方なく隣の部屋のピンポンを押すと、その部屋の友達が顔を出してくれたので、部屋の中で待機させてもらうことが出来た。
暫く談笑していると、娘のルームメイトがその部屋の呼び鈴を押した。
やっと部屋に帰れると思ったが、自室のドアの前で二人は茫然と立ち尽くすこととなった。
このルームメイト、カードキーを持って出ていない。
「オートロックだぞ!」
「ごめーん」
ルームメイトは部屋着で髪もびしょ濡れのまま。
このままフロントに行くのは恥ずかしいと言って、「フロント行って来てー」と、娘にすがる。
しぶしぶフロントに事情を説明しに行った娘は、なぜか閉じ込みした犯人のようになる。
そこを担任に見付かり、「木田~!」と揶揄われる。
そんで以って、スペアのカードキーを入手し、部屋に戻るエレベーターに担任と教頭も乗って来た。
「この子面白いんですよ」
「知ってますよ」
などと、担任と教頭が話すのを我慢して聞いて、やっとのことで部屋の前に到着。
しかし、ルームメイトの姿がない。
隣の部屋から声が聞こえる。放っておいてシャワーを浴びようと部屋に入り服を脱いだら、そのタイミングでドアの音に気付いたルームメイトが帰って来た。
立場逆転。
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!
「ムリー」
「開けてー!」
「絶対ムリー!」
裸で叫ぶ娘。
「カードキー、ドアの下からちょうだい!」
(そうか、そうしたら裸でもすぐにバスルームに隠れられる)
そう思った娘は、カードキーを隙間から差し出した。
すると瞬間に引き取られ、電子ロックが(ジャァァァァァ)と鳴った。
思ったより素早く開錠されてしまう。
間一髪、娘は大慌てでバスルームに駆け込むと、そこはさっきまでルームメイトが使用していた現場。
バスタブの外にも、お湯がこぼれてビショビショの水浸しだった。
そんな床に滑ってころりん。ドッシャーン!
お尻を痛打、立ち上がれない。
バスローブで医務室へ運ばれ、さっきの担任と教頭が来た。
「木田~!」
これが修学旅行一番の思い出だと言う。
娘はよく頑張ったのに。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)