おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その頃はまだ、家を購入しようかと考えて、いい物件を探し続けていた。
ちょっと遠かったけど、ある湖のほとりのモデルハウスの敷地が売りに出されると聞いて見に行った。
当然、家が建っていて庭もきれいに整備されている。高級住宅メーカーだったのでいい物件だけど、土地込みで1億近くした。
しかしロケーションは最高。カフェでもやれば絶対に人気が出るに違いない。
でもその頃の僕は、ただ住むだけしか考えてなかったからやめておいた。
と言うより、1億は無理だよ~。泣
地下鉄で郊外に向かって一駅先に、いいマンションが新築されて入居者募集を始めた。
下見に行くと、駅の上のビルは、大型商業施設。そこから山手に10分ほど歩くと、丘の反対側に出る。その斜面にそのマンションがあった。
全室の窓から、その向こうの絶景が見渡せる。
何が見えるかって?
約50メートル先の正面に有名なお寺があって、その大きな門や五重塔。境内の桜並木が一望出来る。しかもマンションのすぐ下から、その寺までの間に老舗の料亭があって、白鳥がいる見事な日本庭園が眼下に広がっていたんだ。
早速申し込んだけど、抽選になるらしい。
そんな折、突然の依頼で別の街に転勤が決まった。
電車で通うことも出来たけど、このタイミングでこの街を離れろって、何かのお告げのような気がして、マンションの抽選を辞退した。
そして市外に出て、今の家にやって来た。結果満足。
結構郊外なので、敷地面積は広かった。詰めたら車は7台も停められる。
2階建ての築8年、そこそこ綺麗で、大家さんは市議会議員。
犬も交渉でOKになった。部屋数は2階建て3LDKだけど、リビングが広く、各部屋も大きめで、玄関が大きな吹き抜けになっていたり、贅沢な面積の使い方がされている。
しかも、家賃10万円って。今までと同じでいいの?
庭に花壇を作って花を植えた。家庭菜園で野菜も栽培した。池作ってカラフルメダカだらけ。温室とウッドデッキ、バイクの車庫は自分で建てた。(最終的には、原状復帰させて返せばいい)
しかも、地理的に二つの大都市の中間で、スキーが出来る山も近い、海にも近くて、周囲に遊ぶ所がいっぱいある。毎日がリゾート気分で暮らしてた。
あれから15年がたった。ご近所さんもいい人ばかりだった。もう犬も星になったし。娘もここでJKになった。
でも家賃にいくら支払ったかな? 計算してみたら、更新手数料を入れると、2,000万近くになる。
もったいないな。初めはすぐに街に戻るつもりだったのに、ズルズルと先が見えない仕事に没頭してたら、そんなに払ってしまっていた。
はじめのマンションのころからの総額は、3,500万くらいの支出だ。汗
これなら余裕で家買えたな。
前に買おうと思っていた物件はどうなったかと言うと、湖のほとりの家の一つは新興宗教団体の道場になってた。さぞ気持ちよく修行出来ることだろう。隣の家は知らんけど。
丘の斜面のマンションはと言うと、なんと、すぐ下にあった料亭が倒産して、その跡地に大きなマンションが建ってしまい、お寺が見えないどころか、丘の斜面に挟まれて日の当たりさえ悪くなっている。
あの時、転勤の話が無かったら、購入してたかもしれないと思うと助かった。
しかも、そのころ住んでいた賃貸マンションの方も、裏のお屋敷が取り壊されて、同じくマンションが建てられていた。広いベランダのすぐ先には、隣の壁が迫って来るって、当時は想像も出来なかった。
やっぱり僕は運がいいな。
その時はOKでも将来どうなるかなんて、自分でコントロールはできないから。
今後はどうしようか?
今更ながら家を建てる気力もない。一生賃貸暮らしだろうな。お金には余力を残しておこう。
親父の実家を継げば、最悪住むところはあるからいいけど、ものすごい田舎だから嫌だな。
ある会社の社長の口利きで、よく利用させてもらっていた海沿いのリゾートマンションがすごくいい物件だったけど、今は築年数が30年になっちゃって、中古販売価格が500万円くらいに値下がりしてる部屋まである。安すぎるでしょ。
近くの系列のスキー場やゴルフ場が使えて、マリーナでクルーザーも貸してくれるし、無料のジムやプール、温泉まで付いてる。
月々の管理費が必要になるけど、余生を送るだけなら、コンシェルジュ付きのリゾートマンションもいいかなって思う。
そう言えば、ボスとインドネシアを1か月放浪した時に、リゾート地のホテルに住んでる日本人をたくさん見た。
1か月の部屋代は8万~10万円くらいだそうだ。昼飯以外はホテルで保証されて、街の物価も安いから、もし一人になったら、そんな暮らしもいいかって思っていた。
僕が家を買う気が無くなったのには理由がある。
持ち家が何軒もあるボスは、「1軒だけなら買うな」って言ってたし。
理由はお金のかかることばかりに加えて、もう自由に引っ越しも出来ないし、行動範囲が縛られる。子供の学校も地元でしか選べない。近所に嫌な奴がいても逃げられない。最終的に売りに出して、差し引けばお得感あるけど、売らずに相続させたら相続税で大損をする。
ボスはいらない家は全部売って、息子さん達にはそのお金で、残したい家にだけ相続税を払ってくれたらいいって言ってた。
僕の一生の場合、家賃と保険だけ払ってた賃貸の方が、金銭的には得をするらしい。税金ってバカにならないからね。
でもそれは街中にある賃貸物件での話、今の僕のように郊外だと税金は安いから、購入して自分で払っても、賃貸総額より少なくて済みそう。娘一人だし相続させる必要なかったし、売っちゃうつもりで買ってもよかったかな。
こんな人生設計は、考えずに生きて来たのは失敗だな。
本当は迷いがあったんだ。・・・反省。笑
でも、かつて買おうと思ってた物件みたいに、後で条件が変わってガッカリ人生なんてのも嫌だし、そう思うと今は幸せだ。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)