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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Riptide

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 母の言葉らしい部分だけ、千夏の口調が少しだけ暗くなり、正人はその横顔を見ていられなくなって、酒井の方を向いた。酒井は、三脚ケースのストラップを両肩に通して、言った。
「そういうのも、ある意味いじめだな」
 千夏は、酒井からリュックサックを受け取り、胸の前に抱くと、選手が交代するように、酒井をその細い顎で指した。
「酒井っちは、遺伝子レベルで狂ってるよね」
「そうなんですか?」
 正人が思わず口を挟むと、千夏はうなずいた。その目は、少し薄暗い林の中でもはっきりと分かるぐらいに光を帯びていた。酒井は、その視線を同じような光を放つ目でまっすぐに受けて、言った。
「おれの親父は、普通の会社員だった。会社の人間とか、色んな人の話をしてくれたよ。おれは、それを聞くのが好きだった。でも、ある日親父は逮捕された。会社勤めというのが嘘だった上に、おれが聞いた話に出てきた人間ってのは、誰一人実際にはいないってことが、分かったんだ。捕まったのは、強盗目的で一家を殺したからだった」
 千夏は何度も聞いているようで、特に驚いた素振りは見せなかったが、正人は爪が白くなるまで、自分の両膝を掴みながら、思っていた。二人はどうして、こんな話をするのだろう。千夏が虫を払うように、正人の首に一度触れた。酒井は続けた。
「親父のやったことで、随分といじめられたよ。お前も、裏では人を殺してるんだろうって」
 千夏がくすりと笑った。酒井は、千夏がやっていたのと同じように、手近な石を足で引き寄せると、軽く蹴った。
「おれも千夏も、いじめられた経験があるからよく分かるよ。巻田って子は、転校生なんだな」
「そうです」
 正人が短く答えると、酒井は言った。
「違いは、なんだと思う?」
 突然自分に質問が向いて、正人はたじろいだ。千夏に助けを求めようとしてその横顔を見たが、酒井と同じで、正人から答えを引き出そうとしているようだった。正人はしばらく黙っていたが、学校と違って、正解が何なのか気にする必要がないということに気づいた瞬間、言葉が口をついて出た。
「何も、違わないんだと思います」
 酒井は、その答えが意外だったように目を大きく開くと、最初に出会ったときのような笑顔を見せた。千夏が、同じように驚いた表情のまま、酒井の目をじっと見つめて、言った。
「何を考えてるの?」
 酒井は、正人に言った。
「その子も出られないんだろう。仲良くするよう、おれが話してくるよ。安心しな、元セールスマンだから、説得は得意なんだ。千夏に、ロープの場所を案内してやってくれないかな」
 正人は立ち上がって、言った。
「ちょっと、まだロープがあるか見てきます」
 小走りで駆けていく後ろ姿を見ながら、千夏が言った。
「かわいいね」
「そうだな。記録は無効だぞ。簡単すぎるだろ」
 酒井は、急激に光をなくして黒ずんでいく目を向けた。千夏は、その視線に応じるように、言った。
「いつやるの?」
「おれはその巻田って子を見つけてくる。叫ばれるかもしれないから、正人くんと一緒に、できるだけ遠くに行っててくれ。いくら参考記録でも、時間は測りたいだろ?」
 千夏はうなずいた。怖がらせてしまったら終わりだ。時間を測るどころか、追いかけながら殺す羽目になる。
「そうだね。でもさ、上谷くんはどこに行ったのかな」
 千夏は言った。酒井は少しだけ表情を曇らせると、言った。
「いつ柵に電気が入ったのかは分からないけど、それより先に、この辺りを抜けたんじゃないか?」
「そっか。じゃ、上谷くんはわたしが担当だね。ロープの周りに目印つけとくから、ちゃんと見つけてよ」
「よろしく頼む。向こう側で会おう」
 酒井はそう言うと、ゆっくりとした足取りで、山を下りていった。
作品名:Riptide 作家名:オオサカタロウ