Riptide
明弘は、上り坂を立ちこぎしながら、それでも定期的に周囲を見回した。変速機のついていない自転車は、容赦なく足に負荷をかけてくる。サッカーの試合中のように、汗が頭のてっぺんから噴き出して、目にも滑り込もうとする。タオルも何も持たず、制服から着替える時間も惜しんで飛び出してきた。
そんな中、ほぼ確信していることがあった。今日、正人は翔平に追いかけられている。正人と二人で交わした取り決め。それは、もし明弘がいないときに追いかけられたら、『第四の道』を抜けるということ。ルール違反だし、林に入ったことが発覚したら、学校からも親からも怒られるだろう。しかし、だからこそ、地元で過ごしてきた自分たちに地の利がある。翔平のように転校してきたばかりなら、もし正人に続いて林に入ったとしても、土地勘がないから足は鈍るはずだ。簡単に後ろから追いつける。そう思うと、すでに筋肉が熱を帯びて、コタツに突っ込んだようになっている両足にも、力が籠った。林の周りを迂回するようにくねる山道の途中、神社に続く石段があって、入口は初見だと気づかず見落としてしまうぐらいに、草に囲まれている。明弘はその前に自転車を止めて、地面を見つめた。足跡がある。ぬかるんでいる辺りに、スニーカーの底の型が残っていた。
明弘は、石段に足をかける前に、ふと考えた。翔平は、武器を持っていたりしないだろうか。巻田家を、道から眺めたことがある。豪邸だった。ピカピカの車が二台あって、庭には紫色の花が咲いていた。あの広い家の中なら、ありとあらゆる物が揃っている気がする。それこそ、武器だって。慌てて、スニーカーのまま出てきたのも、準備が足りていない気がした。しかし、ここまで来た以上、あれこれ考えている時間は残されていなかった。
一度深呼吸すると、明弘は石段を勢いよく駆け上がった。途中、苔に足を取られて、二回手をついた。時間的に、正人もまだ林は抜けきっていないはずだ。それに、もし中で捕まっていたら? 今、明弘の頭の中に設定された最も重要な目標は、研吾と結子が家に揃う夕方六時までに、正人を何事もなかったかのように連れ帰るということだった。
一気に上まで登り切って、一度息を整えた明弘は、靴紐を固く結びなおして、柵を掴んだ。
鋭い音と同時に、目の前の景色が真っ白に光った。