異世界で壁ドンを
若き勇者カナータはエコマ国の果て、ハイ・マウンテンの頂きに魔王ラーハを追い詰めた。
「魔王ラーハ! 覚悟!」
「ギィァァァァァァ!」
カナータは手にした魔剣『神の怒り』を振り下ろし、見事魔王ラーハを討ち取った。
湧き上がる歓声、カナータは『神の怒り』を高々と差し上げた。
すると、突然の雷鳴。
「わぁぁぁぁっ!」
カナータは『神の怒り』もろとも落雷に打たれて倒れ伏した。
▽ ▽ ▽
「真一、早く朝ごはん食べちゃいなさい、学校に遅れるわよ」
「わかってるって」
ごく自然にそう返事をしてしまったが、真一には事態が飲み込めていなかった。
そもそも自分の名前はカナータ、ハイ・マウンテンの頂で魔王ラーハを倒したものの、その直後に雷に打たれたことまでは憶えている、しかし、何故ごく当たり前の六帖洋間で目覚め、何の疑問も抱かずに制服を着て階下のダイニングキッチンに降りて行き、トーストと目玉焼き、そしてミルクたっぷりのコーヒーの朝食を前にしているのかがわからない。
今の声だってそうだ、何の疑問も抱かずに母親の声だと認識したのはなぜだったのか……。
「よう、田中、オハヨ」
「田中? 俺はカナータだ」
「何言ってんだよ……あ、そうか、ギョーカイ用語だな? ザキヤマとかタモリみたいなもんか」
……何のことかわからない……だが、会う奴会う奴皆に「田中」と呼ばれる、そして会ったこともないはずなのになぜかそいつらをクラスメートだと認識しているのが不思議でならない……、朝、母親と認識した女性は自分を「真一」と呼んだ、だとしたら自分は「田中真一」なのか?……そう思いながら高校の門を通った。
そんなこと、あんなことが頭に渦巻いていて、初めての場所のはずなのに勝手にそこへ足が向いていたのに気づかなかった、高校の門柱に『私立 高山高校』と刻まれていたことにも……。
▽ ▽ ▽
だが、そんな日々が一月も続くと、自分が「田中真一」で、私立高山高校に通う二年生だと理解する、ごく普通の高校生としての生活も悪くないし……しかし、だとすると戦いに明け暮れていた勇者カナータとしての日々は夢だったのか……。
ただ、この生活も悪くない……その理由の一つはクラスメートの奈々、何しろ非の打ちどころのない美少女、しかも好みにぴったり、1㎜もズレてない、そして、どういうわけかずっと昔から知っていた気がするのだ。
勇者カナータは当然のようにモテた、しかも英雄色を好むの言葉通り、カナータは女性には積極的だった、当然真一もそうだ。
この世界での口説き作法は『壁ドン』というものらしい、それを知ると真一はさっそくそれを行動に移した。
「奈々、俺と付き合ってくれねぇ?」
「……うん、いいよ……」
勇者カナータであった時、それ以外の返事を聞いたことがなかった、この世界でも同じらしい。
だが、奈々に唇を近づけて行くと、奈々は思いがけない言葉を続けた。
「死ぬ前にあなたにキスをして欲しかった」
「え?……」
たちどころに記憶が蘇る……そうだ、奈々は魔王ラーハとの戦いの中、ラーハの腹心タラークの手にかかって死んでしまった恋人・癒しの修道女『ナナ』だったのだと……。
「もう! どうして生徒のために立ち上がってくれないの? 校長たちは学校をほぼ制圧してるのよ」
「そ、そうか?……」
原校長と倉田教頭は様々な規則を次々と作って生徒の不評を買っている、それは事実だ、つい先日も学校へスマホを持ってくることを禁じられ、生徒は皆不満たらたらだ。
ナナは、それは二人が学校を手中にし、生徒たちを手兵とするための陰謀だと言うのだ。
「そうかなぁ……」
確かにカナータも厳しすぎる校則には不満だが、そこまでの陰謀だとまでは……しかし……。
「もう! 勇者カナータともあろう人がどうして気づかないの?」
「ワ……ワリィ」
「もう仲間も集まってるわ」
「仲間?」
「彼らよ……カナータは覚醒したわ、もう正体を隠さないでもいいわ、入って来て」
ナナの呼びかけで教室に入って来たのは……。
「柔道部の郷田!」
「それは世を忍ぶ仮の姿さ、真の俺はゴーレム戦士ダーゴだ」
「弓道部の浦賀?」
「いや、実はエルフの戦士、弓矢の達人ガウラなのさ」
「生徒会長の秋留も……」
「欺いていてすまなかった、賢者ルキア、それが私の真の名前だ」
そして、最後に現れたのはマジック同好会の不思議少女、奈美。
「あたしは魔法使いのミーナ、魔王ラーハと戦うにはあたしの力が必要でしょ?」
「魔王ラーハだって? 倒したはずじゃなかったのか?」
「あなた、とどめを刺した?」
「あ……そうか、雷に打たれて……」
「そう、ラーハは最後の力を振り絞ってこの世界へ転生して来たの、あたしたちもラーハを追って転生した、でもあなただけ記憶を失ってた……雷に打たれて瀕死だったから無理もないわ、でも、今、あなたは覚醒した……」
かつての仲間と再会してカナータとしての記憶は次々と呼び覚まされる。
「そうか、わかった、この世界の平穏な生活に慣れきって腑抜けになりつつあったが、俺は勇者カナータだ! 行くぞ! ラーハを倒しに!」
突如正体を現した勇者、戦士、賢者、魔法使い、そして可憐な修道女……まるで異世界もののラノベそのもの、厳しすぎる校則に嫌気がさしていた生徒たちは、突如現れた勇者たちに勇気をもらって後に続き、原校長こと魔王ラーハ、倉田教頭こと腹心タラークはたちまち屋上へと追い詰められた。
「すまない、学校の評判を良くすることばかり考えて、君らのことを考えていなかった」
「今後は自由な校風に改めるよう努力する、まずスマホ禁止は撤回する」
原校長、倉田教徒はあっさり降参して生徒に頭を下げた。
「なんかあっけないな……」
「まあ、でも目的は果たしたんだから……」
「ねえ、この人たちって、本当にラーハとタラーク? この期に及んで正体も現さないなんて……」
勇者カナータのパーティ、その面々が顔を見合わせていると……。
「何を甘いことを!」
突如、魔女が舞い降りて来た。
その手に握られているのは魔剣『悪魔の怒り』。
魔剣を校長に振り下ろそうとする魔女、カナータはとっさに『神の怒り』で『悪魔の怒り』を受け止め、校長たちを守った……だが、面と向かった魔女の顔は……。
「えっ? 母さん!?」
魔女は勇者カナータの仮の姿、田中真一の母だったのだ!
「ええい忌々しい、その二人は間違いなく魔王とその腹心だよ、この平穏すぎる世界に転生して長いものだからすっかり腑抜けちまったのさ……カナータ、お前の母に化けてお前も腑抜けにしようと思っていたのだが、どうやら失敗だったようだね……まさかあのナナが蘇っていようとは……癒しの修道女の力を見くびっていたようだね」
「そうだったのか……だが、そうとわかれば容赦はしないぞ、魔女マーマ!」
今やカナータの記憶は完全に戻った、名乗ってもいない魔女の名前もすんなりと出て来る。
そこにもう普通の高校生・田中真一はそこにいない、いるのは紛れもなく勇者カナータだ。
「魔王ラーハ! 覚悟!」
「ギィァァァァァァ!」
カナータは手にした魔剣『神の怒り』を振り下ろし、見事魔王ラーハを討ち取った。
湧き上がる歓声、カナータは『神の怒り』を高々と差し上げた。
すると、突然の雷鳴。
「わぁぁぁぁっ!」
カナータは『神の怒り』もろとも落雷に打たれて倒れ伏した。
▽ ▽ ▽
「真一、早く朝ごはん食べちゃいなさい、学校に遅れるわよ」
「わかってるって」
ごく自然にそう返事をしてしまったが、真一には事態が飲み込めていなかった。
そもそも自分の名前はカナータ、ハイ・マウンテンの頂で魔王ラーハを倒したものの、その直後に雷に打たれたことまでは憶えている、しかし、何故ごく当たり前の六帖洋間で目覚め、何の疑問も抱かずに制服を着て階下のダイニングキッチンに降りて行き、トーストと目玉焼き、そしてミルクたっぷりのコーヒーの朝食を前にしているのかがわからない。
今の声だってそうだ、何の疑問も抱かずに母親の声だと認識したのはなぜだったのか……。
「よう、田中、オハヨ」
「田中? 俺はカナータだ」
「何言ってんだよ……あ、そうか、ギョーカイ用語だな? ザキヤマとかタモリみたいなもんか」
……何のことかわからない……だが、会う奴会う奴皆に「田中」と呼ばれる、そして会ったこともないはずなのになぜかそいつらをクラスメートだと認識しているのが不思議でならない……、朝、母親と認識した女性は自分を「真一」と呼んだ、だとしたら自分は「田中真一」なのか?……そう思いながら高校の門を通った。
そんなこと、あんなことが頭に渦巻いていて、初めての場所のはずなのに勝手にそこへ足が向いていたのに気づかなかった、高校の門柱に『私立 高山高校』と刻まれていたことにも……。
▽ ▽ ▽
だが、そんな日々が一月も続くと、自分が「田中真一」で、私立高山高校に通う二年生だと理解する、ごく普通の高校生としての生活も悪くないし……しかし、だとすると戦いに明け暮れていた勇者カナータとしての日々は夢だったのか……。
ただ、この生活も悪くない……その理由の一つはクラスメートの奈々、何しろ非の打ちどころのない美少女、しかも好みにぴったり、1㎜もズレてない、そして、どういうわけかずっと昔から知っていた気がするのだ。
勇者カナータは当然のようにモテた、しかも英雄色を好むの言葉通り、カナータは女性には積極的だった、当然真一もそうだ。
この世界での口説き作法は『壁ドン』というものらしい、それを知ると真一はさっそくそれを行動に移した。
「奈々、俺と付き合ってくれねぇ?」
「……うん、いいよ……」
勇者カナータであった時、それ以外の返事を聞いたことがなかった、この世界でも同じらしい。
だが、奈々に唇を近づけて行くと、奈々は思いがけない言葉を続けた。
「死ぬ前にあなたにキスをして欲しかった」
「え?……」
たちどころに記憶が蘇る……そうだ、奈々は魔王ラーハとの戦いの中、ラーハの腹心タラークの手にかかって死んでしまった恋人・癒しの修道女『ナナ』だったのだと……。
「もう! どうして生徒のために立ち上がってくれないの? 校長たちは学校をほぼ制圧してるのよ」
「そ、そうか?……」
原校長と倉田教頭は様々な規則を次々と作って生徒の不評を買っている、それは事実だ、つい先日も学校へスマホを持ってくることを禁じられ、生徒は皆不満たらたらだ。
ナナは、それは二人が学校を手中にし、生徒たちを手兵とするための陰謀だと言うのだ。
「そうかなぁ……」
確かにカナータも厳しすぎる校則には不満だが、そこまでの陰謀だとまでは……しかし……。
「もう! 勇者カナータともあろう人がどうして気づかないの?」
「ワ……ワリィ」
「もう仲間も集まってるわ」
「仲間?」
「彼らよ……カナータは覚醒したわ、もう正体を隠さないでもいいわ、入って来て」
ナナの呼びかけで教室に入って来たのは……。
「柔道部の郷田!」
「それは世を忍ぶ仮の姿さ、真の俺はゴーレム戦士ダーゴだ」
「弓道部の浦賀?」
「いや、実はエルフの戦士、弓矢の達人ガウラなのさ」
「生徒会長の秋留も……」
「欺いていてすまなかった、賢者ルキア、それが私の真の名前だ」
そして、最後に現れたのはマジック同好会の不思議少女、奈美。
「あたしは魔法使いのミーナ、魔王ラーハと戦うにはあたしの力が必要でしょ?」
「魔王ラーハだって? 倒したはずじゃなかったのか?」
「あなた、とどめを刺した?」
「あ……そうか、雷に打たれて……」
「そう、ラーハは最後の力を振り絞ってこの世界へ転生して来たの、あたしたちもラーハを追って転生した、でもあなただけ記憶を失ってた……雷に打たれて瀕死だったから無理もないわ、でも、今、あなたは覚醒した……」
かつての仲間と再会してカナータとしての記憶は次々と呼び覚まされる。
「そうか、わかった、この世界の平穏な生活に慣れきって腑抜けになりつつあったが、俺は勇者カナータだ! 行くぞ! ラーハを倒しに!」
突如正体を現した勇者、戦士、賢者、魔法使い、そして可憐な修道女……まるで異世界もののラノベそのもの、厳しすぎる校則に嫌気がさしていた生徒たちは、突如現れた勇者たちに勇気をもらって後に続き、原校長こと魔王ラーハ、倉田教頭こと腹心タラークはたちまち屋上へと追い詰められた。
「すまない、学校の評判を良くすることばかり考えて、君らのことを考えていなかった」
「今後は自由な校風に改めるよう努力する、まずスマホ禁止は撤回する」
原校長、倉田教徒はあっさり降参して生徒に頭を下げた。
「なんかあっけないな……」
「まあ、でも目的は果たしたんだから……」
「ねえ、この人たちって、本当にラーハとタラーク? この期に及んで正体も現さないなんて……」
勇者カナータのパーティ、その面々が顔を見合わせていると……。
「何を甘いことを!」
突如、魔女が舞い降りて来た。
その手に握られているのは魔剣『悪魔の怒り』。
魔剣を校長に振り下ろそうとする魔女、カナータはとっさに『神の怒り』で『悪魔の怒り』を受け止め、校長たちを守った……だが、面と向かった魔女の顔は……。
「えっ? 母さん!?」
魔女は勇者カナータの仮の姿、田中真一の母だったのだ!
「ええい忌々しい、その二人は間違いなく魔王とその腹心だよ、この平穏すぎる世界に転生して長いものだからすっかり腑抜けちまったのさ……カナータ、お前の母に化けてお前も腑抜けにしようと思っていたのだが、どうやら失敗だったようだね……まさかあのナナが蘇っていようとは……癒しの修道女の力を見くびっていたようだね」
「そうだったのか……だが、そうとわかれば容赦はしないぞ、魔女マーマ!」
今やカナータの記憶は完全に戻った、名乗ってもいない魔女の名前もすんなりと出て来る。
そこにもう普通の高校生・田中真一はそこにいない、いるのは紛れもなく勇者カナータだ。