【三題噺】お題「星月夜、橙、体育館」
「そーれは何より。いえいえ人外だからといって差別する気はないのでもうすが、個体によっては触ってはいかん場所というのも」
「だから人外前提で話進めないで!?」
「ははは、失敬。本題に戻りましょうぞ」
手を握ったまま、すっくと立ち上がられて、吊られたように両腕が持ち上がる。まるで死刑台まで引っ張りあげられる死刑囚だ。だが、そんなことを思いもしていないのだろう明るい執行人は、すっかり闇が落ちてしまった校内でも容易に視認できるほど大きくうなずいた。
「今日は新月ですが、新月ゆえに星がどえりゃー綺麗に見える予想でごじゃりますよ。だから――」
片手が離れ、大きな黒い影にしか見えない校舎の方を指差す。
「先に準備をしましょう。わっち、水泳部が使うシャワー室に忍び込む術を知っているのです」
「え……?」
「よく利用するんでざますよ。着替えはいつも演劇部の衣装を借りて……あ、下着は保健室に行けば」
「ちょ、え?」
「ヘアピンで入るのもオツでごわすが、実は屋上だけは鍵の仕組みが違うのでマスターキーの方が便利。これトリビアっす!」
「ちょちょちょちょっ!?」
あちこちを指差しながらの解説はまだ続いていたが、もはや疑問とツッコミどころが多すぎて、口と脳の回転が間に合わない。自分があと三人は欲しいくらいだ。
気がつくと引かれるがまま立ち上がっていた自分の足は、彼女の力により大きく一歩を踏み出していた。そのまま、肌に張りつくスカートの抵抗など物ともせずに一歩、また一歩と前進する。
「さぁさぁヒカリさん、まずはこちらへ! 然るのちに、星見を満喫コースです!」
彼女は引っ張り続ける。どんどん景色が後ろに流れていく。徐々に加速していくその最中、ふと見上げた空にはいつの間にか満天の星月夜が広がっていた。
遠ざかっていく、自分がしゃがみこんでいた辺りには、まだ濡れたカバンと教科書達が落ちたままなのに――
弾む胸を撫でた私はほんの少しだけ、自分の口元が弛んでいることに気がついた。
作品名:【三題噺】お題「星月夜、橙、体育館」 作家名:水月千尋