天空の庭はいつも晴れている 第7章 無明の闇
(父さんや母さんは、きっと僕を一番と思ってくれてるだろう。御寮様のお母さんはきっと違ったんだ。一番にはしてくれなかった……。御前様は?)
アニスはユジュルクの家で見た女性と子供を思い出す。
(先着順なら向こうかな?)
「僕……一緒に探してあげることならできるかもしれません。御寮様を世界で一番好きだって言ってくれる人を。それじゃだめですか?」
ルシャデールはけだるそうにアニスを見つめていたが、
「わかった」と一言答えた。
アニスは手を差し出した。
「帰りましょう」
ルシャデールはその手をつかもうと手を伸ばしかけ、横に倒れた。
「……起きれない」
熱が出ているようだった。
「坊や、おまえおぶってやれ。俺が負わせてやるからしゃがめ」
アニスはカズックの言うとおりにした。犬の前足で、どうやったのかわからないが、彼はルシャデールをうまくアニスの背中に負わせた。
ルシャデールは思ったより軽かった。下り坂で足がとられ、三、四回ほど前のめりになって転んでしまったが、ケガはなかった。
屋敷の門の近くまで来て、カズックが二人に言った。
「さ、ここからは俺は手助けできない。がんばれよ」
えええー! 心の中でうめくアニスだったが、溜息一つついて、覚悟を決めて進んだ。心の中のもう一人のアニスがそれを制し、背中を押した。さらに門の中へ入って行くと、二人を見た門番が驚き慌てて屋敷の中へ連れて行った。
熱があるルシャデールはすぐに部屋へ連れて行かれた。残ったアニスは、執事と家事頭に不審な目を向けられ、すくむ思いだった。彼もびしょ濡れということもあり、解放されたが、明日、執事の部屋に呼ばれることとなった。
「やれやれ」
自分の部屋にもどったアニスは溜息をついた。
「一緒に探すって言ってしまったけど、実際にどうすればいいんだろう……」
でも、海に落ちそうな鵺鳥に手を差し伸べずにはいられなかった。それが、彼女の嫌がる同情や哀れみだとしても。
「それだけでも上出来だ」
いつの間にかカズックがいた。
「うん」濡れた服を着替えながら、アニスはうなずいた。
「おまえも冷えたろう。一緒に寝てやるよ」
一緒に雨の中を歩いたはずなのに、彼の体毛は日向ぼっこでもしていたかのように、ふかふかに乾いている。
「お日様の匂いだ」
「蹴飛ばすなよ」
犬の体温で暖められ、アニスは風邪をひかずにすみそうだった。
「ねえ、カズック……」
「何だ? さっさと寝ろ」
「御寮様は寂しくないのかな?」
「おまえと同じだ」
「カズックは寂しくない? 御寮様や僕や知っている人が死んでしまっても? だって、たとえ僕らが生まれ変わるとしても、その時にはカズックのこと覚えていないんだよ」
「あのな……」
低く深みある声音だった。カズックが普段はあまり見せない『神』の一面だ。
「覚えてないとしても、それは表面的なものだ」
「そうなの?」
「心のずっと奥深いところでは、覚えている。俺はその部分と会話することができるから、少しも寂しいことはない。誰でも、心の奥ではすべての魂とつながっている。孤独とかいうのは、単なる思い込みだぞ。くだらんこと言ってないで、寝ろ!」
作品名:天空の庭はいつも晴れている 第7章 無明の闇 作家名:十田純嘉