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天空の庭はいつも晴れている 第6章 アニスの探索

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 ドアが開いた。同時にカズックがウォン! と吠える。
「あら、キツネちゃん。どこから入ったの? いやだ、ドアが開いていたのね。いらっしゃい、そこにはおいしい物なんてないわよ」
 カズックと尼さんが出て行く。ガチャン、ビン! と鍵の重い音がした。
(え? ウソだろ?)
 あわててつづらの陰から這いだし、ドアにかけよる。取っ手を回そうとするが、びくともしなかった。
 治療室の灯りが消えた。
 しばし呆然とし、それからあたりを見回した。薬草の中には、貴重なものも多い。盗難防止のため窓もなかった。額から脂汗がにじんでくる。
 明日の朝、アニスが水汲みに出て来なければ……。厨房や厩、屋内の掃除、いろいろなところに支障が出る。いや、水汲みそのものは誰かがやってくれるだろう。とにかく、彼がいないことが屋敷の人間に知れ渡る。尼さんが施療所に来るまでは、ここから出られないだろう。
 アニスはためいきをつき、その場に座り込んだ。
「ひどいよ、御寮様。大丈夫って言ったじゃないか」
 お小言とご飯抜きじゃすまないかもしれない。暇を出されるなんてことは……。そしたら乞食みたいなことになっちゃう……。
 彼は頭をぶんぶんと横に振った。そんなことはその時になったら考えればいい。まず、ユフェリへ連れて行ってもらうことが先だ。まだ起こってもいないことにやきもきするのは馬鹿げている。それに、カズックがなんとかしてくれるかもしれない。
 しばらく黙ってランタンの灯りを見つめていた。すこしずつ気持ちが落ち着いてくる。「マルメ茸とヌマアサガオを探さなきゃ」
 アニスはランタンを手に立ち上がった。

 今、何時頃だろう……。
 ルシャデールは寝返りを打った。アニスが施療所に閉じ込められたことを聞いたのは、ベッドに入ってからだ。カズックはそのことだけ伝えると、さっさと立ち去った。
(あいつ、最近冷たいな)
 以前のカズックなら、どうすればいいか、ヒントになることぐらいは教えてくれたはずだ。やっぱり、あいつは神なんだな、と彼女は逆説的に考える。人が助けて欲しい時には助けてくれないのが神だ。
 どうしたらいいか、さっぱり知恵が浮かばない。朝までに、施療所の鍵を手に入れるのは不可能に近い。そもそも、どこにあるのかさえルシャデールは知らない。
「絶対うまくいくような気がしたんだけどなあ」
 彼女の勘は十中八九、はずれないのだが。
 ルシャデールは布団から起き上がった。そろそろ玄関の従僕はいなくなっただろうか。
 そっと廊下に出てみる。階段の上からのぞくと、玄関に従僕の姿はなかった。
 ゆっくりと階段を降りて行く。最初の踊り場に着いた時だった。
「御寮様」
 後ろから呼び止められた。振り返るまでもなくデナンだ。
「どうなさいました?」
 だいぶん前にカズックが言っていたことを、唐突に思い出す。
『武術の達人ってやつはユフェレンに近いものを持っている。目に見えない気を感じ取る力が常人に比べて秀でているんだろう。人によっては、眠っていても気の乱れに目を覚ます』
 ルシャデールは振り返った。デナンは階段を降りて来る。
「お休みになれないのですか?」
「……」
 何と答えていいか、しばし考える。デナンなら、他の者(執事や家事頭、他の召使のことだ)よりうまく取り計らってくれそうだ。
「カモミールのお茶でもお持ちしましょうか?」
 ルシャデールは首を振った。今、お茶を飲んで寝てしまうわけにはいかない。アニスが閉じ込められたままになってしまう。
「……他の人には言わないで」
「何をですか?」
 彼女はアニスが施療所の薬草庫へ忍び込み、鍵をかけられてしまったことを話した。
「アニスを叱らないで」
 ルシャデールはデナンの前にまわり、彼を見上げて言った。
「そうはいきません。夜、施療所の薬品庫に忍び込んだ者を、そのまま放っておくことは本人のためにもなりません。なぜ彼はそのようなことを?」
「……薬草を取りに」
「何の薬草ですか? それに、何のために?」
「……」白状すべきかルシャデールは迷った。自分は叱られればすむが、アニスはそうはいかないだろう。
 答えない彼女にデナンが言った。
「では、交換条件を出します」
「交換条件?」
「御寮様が明日の朝から、お食事を御前様のお部屋できちんと召し上がること。話しかけられたときは、無視せず応えること。その二つです。」
「……わかった」
 しぶしぶ彼女はうなずいた。
「では、今回のことはわたくしの胸にしまっておくことといたします。」
 そう言って彼は部屋へ行き、鍵の束と明かりを持って来た。
「一緒にいらっしゃいますか?」
 ルシャデールは黙ってうなずく。
 施療所に向かいながら、もしかしたらデナンは知っているのかもしれないと思った。ユフェリ行きの計画のことだ。
実は頻伽鳥が来た翌日、デナンにたずねられたのだ。昨夜遅く庭を散策していたようだが、眠れなかったのか、と。庭で、アニスと話していたことを聞いていたかもしれない。
「知っているの?」たまらずにルシャデールはたずねる。
「何をでしょうか?」
「私とアニスが何かしているって、気がついているんでしょ?」
「はい」
「聞かないの?」
「お聞きした方がよろしゅうございましたか?」
「……何か悪さを企んでるかもしれないよ」
 ふっ、とデナンが笑った。
「たとえ悪さであろうと、仲間と何かを企むのは楽しいことではありませんか? ……わたくしにも覚えがございます」
「何をやったの?」ルシャデールは興味を持った。
 たいしたことではありません、と、いつもと変わらぬ顔で彼は答えた。
「あまり友好的とは言えぬ高貴な知人を、芳しき穴で入浴していただく。その程度のことです」
 生意気で鼻持ちならない大貴族の息子を、肥溜めに落としてやった、というところだろうか。
「友人の発案で、計画の細部はわたくしが練りました」
「ふーん、けっこうなことやってるんだ。その友達は今どうしてるの?」
「二年前に亡くなりました」
「え?」
「土砂崩れで家ごと埋まってしまいました」
 それは、と言いかけてルシャデールはやめた。もう施療所についていた。
 鍵を開け、真っ暗な中にデナンがランタンをかざす。棚やかまどが大きな影を作って浮かび上がる。彼は薬草庫のドアへ向かった。
 アニスは……床の上で足をかがめ、横向きになって眠っていた。
「アニサード、起きなさい。アニサード」
 デナンが少年の肩をゆするが、まったく目覚めようとしない。
 どうやら薬草のせいらしい。たくさんある薬草の中には香りだけで眠気を催させるものもあった。
「のんきに寝ているよ」ルシャデールはつぶやく。こっちはさんざん心配したのに。
 デナンはランタンを置き、少年を抱え上げた。
「おそれいりますが、鍵とランタンをお願いします」
 手のふさがった彼に代わってルシャデールが鍵をかけた。
「わたくしはアニサードを西廊棟へ連れていきます。御寮様はお部屋へお戻り下さい」
 
 部屋に戻ると、カズックが布団の上で丸くなって寝ていた。
「肝心な時はいなくて、事が終わってから現れるのか」
「おれは人間の使い走りじゃないからな」カズックは鼻を鳴らす。