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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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紅茶と庭のお話

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誰にでも、子どものころの記憶と実際のものがかけ離れていて、びっくりしてしまうことはあると思う。
 これはね、確かにあったことのはずなんだけど。
 そうなんだけど、絶対にあってはいけない記憶の話。
 それはただの夢で、夢と現実を勘違いしてるだけだって笑われるかもしれないけど、私にとってはとても大切な思い出。

 ちょっと、聞いてくれるかな。

 私が子どもの頃、とある造成地でよく遊んでいた。
 丘を切り開いた造成地。今だからそう言えるけど、子ども時代の私には、ただ広いだけの原っぱで、道だけが立派だった。
 その緩やかな坂道を登っていくとね、途中までは何軒か家もあったように思うんだけど、最後の百メートルくらいは何もなくて、昼間でもちょっと怖かった記憶がある。
 小さい頃の百メートルは結構長いし、そこで誰にも出会ったことはなかったはず。
 だから、そこへ行くのはちょっとした冒険だったし、同時に勇気がいることだった。
 今思うと不思議なんだけど、その道に電柱があった記憶はない。
 ただ道だけがあった、両側は丈の高い草。
 その道を一番奥まで行くとね、突き当りで左に直角に曲がってすぐに終わるんだけどね……
 角を曲がってすぐ、その右手。
 やっぱり丈の高い草が生い茂った道を逸れて登ったところ。
 草をかき分けて登ったところ。
 そこが、私の大切な場所だった。
 そこへ行くために、寂しい造成地を通ったと言ってもいいと思う。
 背丈よりも高い草の間を進むと、急に広い場所に出る。
 荒れているわけでもなく、手入れされているわけでもない、広い庭。
 たぶん、そこには子供が興味を持つような何かがあって、最初はそれが目当てで行ってたんだと思う。
 それが何だったのかは思い出せないけど、地面にしゃがみ込んで一生懸命に何かしてた。
 何をしてたんだろうね? 自分でも気になる。
 おそらく、たまたまそこに入り込んだのがきっかけ。
 でも、どうしてそこにだけ入り込もうとしたのか、全然思い出せないの。
 ひょっとしたら他の空き地にも入っていたのかも知れないけど、記憶にないから別に目を引くようなものが無かっただけなのかもね。
 ごめん、ちょっと話がそれた。
 それでね、その家は庭に面してテラスみたいなのがあって、鉢植えが幾つかあった。
 私はそのテラスから少し離れたところで遊んでいたはず。
 そう、ぼんやりとだけど、砂場? そんな感じかな。たぶん。
 本当は砂場じゃなかったと思う。わからないけど、何かのための場所。
 ちょうど子ども用の緑色のスコップとプラスチックの赤いバケツがあったような気がする。
 だから、そこで遊んでたんだろうな。
 そのころ、友達はいたはずなんだけど、そこへ誰かと一緒には行ったことがないし、教えたいと思ったこともなかった。
 いつも、ひとり。
 私だけの秘密の場所。
 その日も、いつもみたいに一人で庭で遊んでた。
 子どものころなんて、どうでもいいようなことに夢中になって、周りのことが全然見えなくなったりするよね。
 その時も、そうだった。
 突然、声をかけられてびっくりした。
 それだけじゃなくて、怒られると思った。
 だって、そうでしょ?
 勝手に人様の庭に入り込んで、地面掘り返してたんだから。
 幾つくらいかな、たぶん四十代くらいかな、女の人が立っていた。
 でも、三十代くらいなのかな、とも思う。
 どうしてって? 私のお母さんよりも若かったから。もちろん当時の年齢だけど。
 どうしようか、逃げ出そうかと考えてたはず。でも体が動かなかった。怖かったから。
 固まってしまった私を、その人は微笑んで手招きした。
 思い返すと、その人は最初から微笑んでいて、怖がる必要なんて全くなかった。
 たぶん、こっちに来るように言われたんだと思う。
 そこで紅茶とお菓子を出してもらって、おしゃべりした。
 時々私が庭に入り込んでたのを、その人は知ってた。
 いつでも来ていいと言われて有頂天になってたな。
 不思議なんだけど、その人とはいっぱいお喋りしたはずなんだけど、内容だけはおぼろげに覚えてるんだけど、具体的には思い出せない。
 とても優しい声だったというだけで、どんな声だったかも思い出せない。
 その人はいつもいるわけじゃなくて、時々にしか会えなかったはず。
 それでも一回や二回じゃなくて、結構会ってたように思う。
 いるときはいつもテラスで紅茶とクッキーをごちそうしてくてた。
 何度か家に上げてもらったこともある。
 クッキーは確か、手作りだと言っていた。
 お菓子なんて買って来るものだと思ってたから、自分で作れると聞いてびっくりした。
 クッキーは、そんなに甘くなかったはず。素朴な味だったように思う。子ども心には、ちょっと物足りないくらいに。
 でも、一緒に遊んだ記憶はない。
 その人はそこにいて、私を優しく迎えてくれるだけで。
 結構何度もそこに行ってたはずなんだけど、いつの間にか行かなくなってしまってた。
 どうしてなのかな?
 私にも分からない。
 だって、最近までそのことを忘れてたんだから。
 そこを訪れなくなったきっかけが何だったのか、来ちゃいけないって言われたのか、何か悪いことをして怒らせてしまったのか。
 怒られたって記憶は全くないんだけど。

 なんで今頃そんな話をするのかって?
 笑わない?
 笑わないでね。
 ――また、そこに行ったからなんだよ。
 あの時と同じように、草をかき分けて登ったところに広場があって。
 あの時と同じように家があった。
 ただ、庭は憶えてたのよりもずっと狭かったけど。
 懐かしくてね、ほんとに泣きそうになった。
 なんで忘れてたんだろうって。
 もう子供じゃないから土遊びはしなかったけど、私は立ち尽くしてその家を眺めてた。
 白いテラス、その下のテーブルと椅子。幾つかの鉢植え。
 全部そのままだったけど、どうしてだか鉢植えの花は枯れてた。
 庭も、前より荒れていた。
 家には誰もいないようだった。
 だって、テラスに出る雨戸が閉まっていたから。
 悲しくなって帰ろうと思った時、呼び止められた。
 あの時のお姉さんに。
 子どもだったから大きく見えただけで、その人は今の私と同じくらいの年齢だった。
 おかしいでしょ?
 歳とってないんだよ、その人。
 でも、私は不思議ともなんとも思わなかった。
 私も、いつの間にか子どもの私に戻ってた。
 以前のようにクッキーと紅茶をごちそうしてもらった。
 違ったのは、その人がとても寂しそうだったこと。
 私がおいとましようとしたとき、その人は言ったの。
 もう、ここに来ちゃいけないって。
 はっきりそう言った。
 そこで、目が覚めた。
 夢だったの。
 そうよね。だって、あの人は全然歳をとってなかったし。
 なんだかすごく哀しくて、起きた時、泣いてた。
 ねえ、最初から全部夢だったって思ってるでしょ?
 だから、はじめに言ったはずだよ。
 これは、たしかにあったことだって。
 それに、私が紅茶好きなのも、その人のおかげなんだよ。
 そう、自分でもおかしいと思う。
作品名:紅茶と庭のお話 作家名:泉絵師 遙夏