欠けた月の暗闇の中
演奏会
加奈は2年に1度の定期的なバイオリンの演奏会をホテルを借りて開いていた。旭川市ではそれなりに知名度はあったが、5000円のチケットは200枚売りたいのだが、前回は半分ほどであった。
ゲストの方へのお礼や、ホテル代、パンフレットなどの経費が最低で50万円ほどかかる。そのほかに加奈自身の衣装が20万円ほどになる。挨拶周りや準備のために、加奈の始めたカフェに行く時間が取れず、加奈のバイオリンを目当てに来る客の足が遠のき、収入はがた落ちになる。
公務員の雄一は年収は700万円ほどなのだが、加奈の演奏会には結婚当時から反対していた。雄一は無駄な金は使わないタイプの男なのだ。加奈の自己満足のために、老後の貯えを切り崩したくはないのが雄一の本音であった。
加奈は自分が優越感を感じることができる、至福の時間が、バイオリンを奏でているときであった。自分自身が自分の才能は知っていたが、自分には自分だけの音を持っている自負があった。54歳になり、感性は衰え、指の感覚も衰えていた。しかし加奈は自分に向けられる視線を感じていたいのだ。
夫の反対を押し切り、加奈は演奏会の準備を始めた。カフェの常連客の廣木が加奈がスポンサーを探していると訊き、30万円程寄附をしようかと言ってきた。独身で71歳になる自称画家である。3回ほどの離婚歴がある噂であった。それなりにダンディなのだ。
加奈は彼には裏があるとは感じていたが、雄一の援助が期待できなければ、30万円は欲しい金であり、廣木であれば男としては、役には立たないように思え、デイトの条件を飲んだ。
ポスターの加奈の顔写真が美しかったからか、200枚のチケットは完売した。年齢的に最後の演奏会になると思うとパガニーニ24カプリース24番を奏でた時には、涙が滲んだ。