皮膚の下は他人
振り返れば、初めから終わりまで、女がリードしていた。そして、そのリードは心憎いほどうまい。まったくの初体験で世界観の変更を迫られるほどの驚きをもたらした。男をおありながら、自分のして欲しいことがプログラムされている。男と女が互いに主体を交換しながら、性欲を深める。かつてないことだった。男はこの年になって、こういうドラスチックな出来事に遭遇できたことに、この女との出会いに感謝した。
「おはようさんどす」
「お早うございます」
女将とあいさつを交わす。
「鴨川の流れは気にならしまへんどしたか」
「いや、いや」
と曖昧に返事したが、女将はだめ押すように、
「鴨川の流れる音はやさしおすやろ、ええなーとほめていただけますのや」
「たしかに、そうですね。瀬音が心地よいと評判の旅館がありますしね」
男は話題を変えようと懸命だった。夜中のことをすべて見通しされているようで、男は身がすくむ思いがした。そして、この旅館の女主の来し方、行く末に思いをはせた。
ろうじをぬけて木屋町通りに出ると、高瀬川は音もなく静かに流れていた