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最後の電話

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店員に説明された通り、モバイル端末の電源ボタンをONにする。すると、耳と喉の電話も連動して起動する。優先席付近や病院内では相変わらずだが、映画館やライブハウスなどの娯楽施設では電源を切らなくてもいいのだ。着信音や通話が他人の迷惑になることが、もうないからだ。

オレは駅前の公園のベンチに腰を下ろした。とりあえず誰かに電話してみよう。

耳たぶの通話ボタンを押してから、“タカシ”と呟いた。それだけで呼び出しが始まるらしい。手元のモバイル端末と連動しており、登録されている“タカシ”の電話番号を呼び出すとのこと。

ほどなくして、耳元から呼び出し音が鳴り始める。脳に直接響く感じであり、周囲の子供たちが遊ぶ声や風にゆれる樹の音が遮断されることはない。

「もしもし」

何回かの呼び出し音ののち、タカシが電話に出た。

「もしもし、タカか。オレオレ。久しぶり」
「おお、久しぶりだな」
以前の職場での友人であるタカの、大げさな声が耳元に響く。

「本当に久しぶりだよな! 草野球の助っ人以来か!」
「そ、そうだな …… どうした? テンション高いな」

周りを見渡す。これだけ大声を出したのに、子供たちはこちらに気付いていない。

「いや、すまん。久々に声聞いたら、つい懐かしくなっちまってな」
オレは“人電”に替えたことを黙っておいた。べつに報告する必要もないだろう。

“人電”に替えたことは、まだ誰にも言っていない。

それからしばらく適当な話をした後、電話を切った。



電話を切った後、すぐにモバイル端末を確認する。
こちらには発信履歴が残らない仕様のようだ。

モバイル端末の使い勝手は今までのケータイと変わらない。メールもすぐに起動できた。
オレはメールを一通送信してから、しばらくその場で待った。

耳元で着信音が鳴る。それと同時に“カオルさんからお電話です”という電子音声も聴こえてくる。なるほど、着信はこういう感じか。

「おめでとう! ついに“人電”にしたんだね」
カオルはオレと彼女の共通の友人だ。
「ああ、ありがとな」
「ていうか、なんでわざわざメールで知らせてきたの?」
「いや、着信はどういう感じなのか確認したかったんでね」

カオルには、オレが“人電”に替えたことを彼女に黙っておくよう頼んだ。

「驚かせたいんだ? あのコ、きっと喜ぶよ」

カオルの言葉に、なんとなくイラっときた。今までケータイを使っていたことが愚かな行為とでも言いたげな印象を受けたからだ。
「どうだろうな。たしかに替えろ替えろうるさかったけどさ。たかだか電話じゃん。メールとかは、今までとほとんど変わらないしさ」

「でも、“人電”にしたら、メールあんまりしなくなると思うよ。あのコからメールってほとんど来ないでしょ?」

たしかにその通りだ。今まで付き合ってきたなかで、彼女からメールが来たのは数回。誕生日にバースデーカード代わりに、元旦に年賀状代わりに送られてきたぐらい。

「そりゃ仕事関係の連絡とかもあるし、メールは絶対必要なものだけどさ。友達とか恋人との連絡とるときは絶対、電話のほうがいいよ。あたしも“人電”に替えてから、それをすごく実感してる」
「どうして?」
「電話のほうが“繋がってる”感じがするじゃん。同じ時間を共有してる感じというか。メールでの会話って、お互いの温度差も分からないままの会話になるし、なんか、今思えば、上っ面だけのコミュニケーションだったのかなとも思うし」
「そういうもんかね」
「それに、“人電”の場合、二人きりの世界じゃない。いつ、どこででも、他の誰にも聞かれることのない会話ができるしね」
「でも、それってさ」
オレは慎重に言葉を選びながら続けた。あまり、認めたくない言葉だったからだ。

「それってさ、オレたちのこの会話も、誰にも聞かれることはないってことだよな。例えば、今オレのすぐそばに彼女がいたとしても、堂々とカオルのこと口説けるってことなんだよな」

電話の向こうで、カオルは笑った。
「まぁ、それはそうだね。でも、絶対バレないわけでもないけどね」
「へえ、どうしたらバレるの? …… や、べつにカオルを口説こうと思ってる訳じゃないけどさ」

カオルにその方法を教わった後、電話を切った。

モバイル端末を確認する。やはり、着信履歴も残らない。
電話は身体に埋め込まれたマシーンのほうへダイレクトに着信するからだろう。

マニュアルを見た。通話履歴を確認する場合、特殊な手順を要するようだ。
ようするに、本人以外は閲覧不可能。

“人電”での通話は、完全にプライバシーが守られるということだ。
逆に言うと、“人電”を経由している相手の秘密を見破ることは不可能ということだ。

心の中のあった漠然としていた闇が、徐々に形を帯びていく。
もうそろそろ、認めざるをえない。

オレは彼女に対して、いやな予感を抱いている。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



付き合い始めて半年になるが、彼女の部屋に来たのは今日で三回目だ。

お互い独り暮らしなのだが、オレのほうが都心に住んでいるためか、遊びに行った帰りに泊まっていくとなると、自然とオレの部屋になることが多い。

彼女が紅茶を淹れる準備をしている間、オレはケータイをいじっていた。

もちろん、すでに契約を解除した通信不可のケータイだ。
“人電”に替えたことを彼女に悟らせないためのカモフラージュ。

「ケータイ、本当に好きだよね」
ティーポットを温めながら、彼女は相変わらず呆れた調子だ。

「オレはメールが好きなんだよ」
カオルには“上っ面のコミュニケーション”などと言われたが、オレにとってはそのぐらいの距離感が心地いいのだ。所詮は通信でのコミュニケーション、それで充分だ。
真の“繋がり”を求めるのは、こうして実際に向き合っているときだけでいい。

「あたしは、電話のほうが、一途な感じで好きだな」
「一途?」
「電話だと、相手が出るまでずっとそのまま待ち続けるでしょ。つながるまで何度も電話を掛けたり。そういう、一途な気持ちが伝わりやすいよね。メールだと送った時点で終わりでしょ。どんなに素敵な内容でも、それだけじゃ本当の気持ちって分からないよ」

お前が本当に“一途”ならその意見を受け容れてやるけどな、とは言わなかった。

「この前、ユウちゃん、あたしが目を覚ますまでずっと電話を鳴らし続けてくれたんでしょ? あたしの声が聞きたかったからって。そういうのが嬉しいの」

次の瞬間、彼女の耳たぶの通話ボタンが一瞬だけ光ったのをオレは見逃さなかった。

オレは素早く、それでもさりげなく、彼女の背後に回った。
「肩、もんでやるよ」

カットソー越しの肩を、強めにもみ始めた。

「あ、ゴメン。今日あたし、アレなんだけど」
彼女はこちらに振り返らず、申し訳なさそうに言った。
「じゃあ、口でやってよ」
「うん …… でもちょっと待って、電話きたみたい」

彼女は電話に出る。
オレはそのまま肩をもみ続けた。

…… カオルに教わった“人電”通話中の会話を聴く方法は、じつにシンプルだった。
作品名:最後の電話 作家名:しもん