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⑥冷酷な夕焼けに溶かされて

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銀の剣


目が覚めると、野営のテントに敷かれた布団の中にいた。

「ここは…?」

小さく呟くと、白い吐息が目の前に広がる。

「お白湯、飲みますか?」

凛とした声にそちらを向くと、マル様が火の番をしていた。

「ここは、千針山の中腹です。」

言いながら、マル様は私の肩に外套を掛けてくれる。

(せんはりざん…。)

(そう言えば、私達が『フロンティア』と呼んでいる国境の山を、西国ではそう呼んでいると聞いたことがあるわ…。)

「…ルーチェへ向かっているのですか?」

差し出された湯飲みが、手のひらと体を優しく温めくれた。

「状況把握が早いですね。」

ひやりとした澄んだ空気に、白い息を吐きながら小さく笑うマル様。

「既に、奏(かなた)がルーチェ国境までたどり着いているので、それに合流予定です。」

「…調略…ですか?」

お白湯を口に含みながら訊ねると、マル様がおにぎりを持ってきてくれる。

「しばらくまともな食事はできませんが、我慢してください。」

私はおにぎりを受け取り、頭を下げた。

「何度か戦場を経験していますので、慣れています。
おにぎりが頂けるだけ、ありがたいです。」

いただきます、と挨拶してひと口かぶりつくと、マル様がやわらかく微笑む。

「あなたは、なぜミシェル王をそんなに?」

唐突な質問に、思わずおにぎりを落としそうになった。

「え?」

ただ座っているだけでも相変わらず隙のないマル様だけれど、その表情はいつになく優しい。

「…すみません。愚問でしたね。
私も、世間的にはそう言われてきたんだった。」

くすりと笑う様子は、忍でも王妃でもなく、普通の女性だ。

「思えば、ミシェル王もカレンも、似てるのかも。」

「似て…ますか?」

にこにこといつも朗らかな陽の光を纏うカレン王と、氷のような冷酷さとほの暗さを抱くミシェル様。

(光と闇。…真逆な気がするけど…。)

「二人とも『孤独』。
愛に飢え、それを求める中で自分自身を傷めつけてると思います。」

マル様は、何かを思い出すように呟く。

「カレンは生まれてすぐ母上を亡くしましたが、父王が外交で不在がちなのをいいことに、側室たちに虐げられ命を狙われながら育ちました。あれでなかなか不遇な幼少期を過ごしてるんですよ。」

(皆に愛されて育ってこられたような方なのに…。)

「だから、出会った頃のカレンは、それはそれは凄まじく荒んでいました。」

「え!?あのカレン王が!?」

思わず声をあげると、マル様がおかしそうに笑った。

「ふふっ。今からじゃ想像つかないかもしれませんが、本当にどうしようもない残念王子だったんですよ。
来る者を拒まず、毎日いろんな女性を取っ替え引っ替え、帝王学の時間は必ず逃亡。」

(遊び人だったという噂は本当だったのね…。)

「そんなチャラチャラした生活の中、唯一熱心に取り組んでいたのは剣術、護身術なんです。
常に命を狙われてましたから。
だからカレンが人より勝っていたのは、ベッドテクニックと武術。
まさに筋肉バカな下半身王子でしたね。」

これ以上ないほど酷い言いように、私は堪えきれず笑ってしまう。

「護衛につくようになってからしばらくは、何てヤツだ!と思っていました。
顔だけのピーマン王子!って。」

(顔だけピーマン王子って!)

(中身は空っぽなのに、種はたくさんあるってこと?)

毒舌ながらもその表情や口調から愛情を溢れさせているマル様は、忍でも王妃でもなく、親しみやすいお姉さんのようだった。

「でも、護衛している間に気づいたんです。
遊んで楽しそうにしていても、その瞳が笑っていないことに。」

マル様の黒い大きな瞳に、焚き火の火が映る。

「そして、彼の身分や容姿にしか興味のない女達に囲まれている時、天を仰ぐことに。」

パチパチと薪が爆ぜる音に合わせて、マル様の瞳の中で炎が揺らめいた。

「木の上から護衛していて、はじめはなぜいつも天を仰ぐかわかりませんでした。
けれど、その瞳を見つめているうちに、彼が天の母上を求めているのではないかと思い当たったんです。」

「…。」

「それに気づいた瞬間、無意識に樹上からカレンに話しかけていました。
それを何度か繰り返すうちに、カレンは天ではなく、木を見上げるようになったんです。
…私を探すように…。」

マル様はそこまで言うと、目をふせる。

「カレンの護衛に就くまでは、私は調略や暗殺ばかり請け負っていました。
だから、闇に潜んでいる私に話し掛けてくる人なんていなかったし、ましてや答えると喜ぶ人なんて…初めてでした。」

「…マル様…。」

マル様は自嘲気味に小さく笑うと、切なそうな瞳で私を再び見つめた。

「思えば、私も寂しかったんでしょうね。」

その言葉に、私もハッとする。

「大好きな父と同じ忍の道を選んだのですが…光と愛に満ちた日なたから、暗い闇の中にひとりでいるようになったので…。」

冷ややかで人に頼らない凛とした強さを持っているように見えるマル様が、本当は寂しくて愛情を求めていたということがわかり、切なくなる。

「…私も、そうですね。」

マル様の黒い瞳を真っ直ぐに見つめながら、私は頷いた。

「兄は穏やかな性格なので軍事が苦手で…でも王位継承者がそれではいけないということで、私が兄のふりをして戦場に立つようになりました。
父のことも兄のことも大好きなので、役に立てることが誇らしくて嬉しかった…。」

私は、手をぎゅっと握りしめる。

「でも命懸けで戦場に立っているのに、それは『私』ではないことに気づいた頃から、無性に苦しくなりました…。
国にいても、『ヘリオス』であることを隠すために、恥ずかしがりやのおとなしい『深窓のお姫様』を演じるようになり、平時でも『私』ではいられないことが、だんだん悲しくなりました。
いつしか『私』という人間は、どこにも存在しなくなっていたのです。」

言いながら、ようやくなぜミシェル様に惹かれたのか気づいた。

「『ヘリオス』も『ニコラ』も『私』でない。
そんな時にミシェル様が『私』を『ルーナ』と呼ぶようになって。
初めて『私』が存在できたように感じました。」

マル様が、ゆっくりと頷く。

「とは言っても、はじめは勝手に名前を変えられて、なんて横暴だと腹が立ちましたけれど。」

言いながら、二人で同時に笑った。

「私たちも、似てますね。」

マル様の言葉に、私は大きく頷く。

「自分が孤独だから、孤独な人に共感してるのかも。」

「傷の舐め合い?」

マル様の言葉に、思わずふきだしてしまった。

今までは近寄りがたくて身構えてしまう相手だったのに、今はとても親しみを感じる。

「…もし、ミシェル王が生きていて…」

そこまで言って、マル様は押し黙った。

「…。」

黙って続きを待っていると、マル様はしばらく視線をさ迷わせ逡巡し、それから意を決したように私を真っ直ぐに見つめ返す。

「…もし生きていて、けれど正気でなかったら…どうしますか?」

それは、簡単に答えを出せる質問でなかった。

私は顎に手を添えると、無意識に俯く。

(ミシェル様が、正気でなかったら…。)