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夢幻圓喬三七日

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 さすがに両親との初(はつ)対面がこんな情況ではまずい。蕎麦屋の場所を美代ちゃんにメールで案内してそちらへと移動だ。父は付いて来たそうにしていたが、母にたしなめられていた。若朝さんへもメールで、大将の店を伝えておくことにする。

 大将の所で座敷席に落ち着くと、すぐに美代ちゃんがやって来た。大将に自己紹介をして、カバンから何やら取り出して渡している
「これ肥前海苔のサンプルです。来週には商品をお届けできますので、今後ともよろしくお願いします」
 大将は美代ちゃんと僕の顔を交互に見ている。僕は小さく頷くことしかできなかった。社長さんは社用車で会社へ戻ったそうだが、美代ちゃんの本日の仕事はこれで終了なので、お酒で労(ねぎら)いつつ話を聞くことにした。
「今日はお互いの顔見せが中心だったから、それほど突っ込んだ話は出来なかったんだけど、園の存続は半ば諦めているみたいね。それと、柴田さんの落語会を幼稚園で開くように、って社長が進言していたわよ」
「えっ、そんなの初耳だよ」
「だから今伝えてるじゃない。明日の午前中に打合せで、私と一緒に園に行ってもらいますから、よろしくね」
「あたしは落語会は大歓迎なんだが、子どもを集める何か良い案はあるのかな」
「会社を出る前にプロジェクト、あっタスクのメンバーにメールをしておきました。みんなは、あの柴田さんに関係のある幼稚園、ということでやる気でいます。それと、アンナとファーストの二人も、タスクのメンバーに入りたがってました。彼らはマーケティングの専門家だから心強いですよ。すでに調査に入ったみたいですよ」
 マーケティングなんて、僕にとっては未知の分野だ。師匠に横文字の簡易通訳をしながら美代ちゃんにたずねる
「マーケティングって、幼稚園の何を調査するの?」
「社外秘になるから詳しくは話せないんだけど、まずは保護者の方たちの影響力じゃないかな」
「そんなのが分かるの?」
「今はネットでブログとかやってる人も多いし、サークル活動なんかしている人もいるから、色々な情報が拾えるのよね。これ以上は社外秘!」
 なんかストーカーみたいなことをするんだ。違うかな? と、そこへメール着信だ。

……朝太です。昨日はあまりお話も出来ずすみませんでした。これからおじゃましても良いですか?……

 大将の所にいることを伝えると、すぐに来るという返信があった。後で多分若朝さんも来るから、調理場にいる大将に伝えにいく
「うちは客商売だから大歓迎だよ。大阪の噺家にうちの蕎麦汁を味あわせてやるよ。それにしてもあの人が彼女だろ? 今からしっかり尻に敷かれろよ!」
 絶対に両親に筒抜けだ。でも、美代ちゃんは師匠の過去のことをどこまで想像しているのだろう。二人きりになったら、そっと聞いてみようかな。

 ほどなく朝太さんもやって来て、会話に加わった。
「昨日はありがとうございました。あの後大変だったんですよ。圓馬師匠が柴田さんとの落語比べの話をしたもんだから、師匠が驚いちゃって。柴田さんの後に火焔太鼓を演って、途中で噺が出てこなくなったことまで、白状させられちゃいましたよ。都電の中で大笑いされました。でも、お二人とも柴田さんの後じゃ出来ないって言ってましたよ」
「そんなことはないだろう。あたしは後が演りやすいように軽い噺をしたんだけどね」
 朝太さんが凹むと思いきや、
「師匠は、柴田さんがあと少ししか日本にいないんだったら、しっかり稽古して貰えって言うんですよ。それで今日やって来ました」
「後で上方から若朝さんが来るから、一緒に稽古でもするかね?」
「え〜、柴田さんに稽古をつけてもらいに大阪から来るんですか?」
「多分そうだよ。上方でも色々話をしたからね。大喜利も一緒にしたよ」
 朝太さんの目に火が灯(とも)った。
「桂若朝さんですよね。会ったことはないんですが、高座はどうでしたか?」
「百人坊主はまだ時間がかかるだろうけど、江戸荒物は良い出来だよ」
「そうですか。聴いてみたいな〜」
「お互い若いんだから、これからいくらでも聴くことは出来るだろう」
 そのもう一方の若手が店に入ってきた。
「あ〜、柴田さんお久しぶりです〜。今日はお願いがあって来ました」
「まあ、腰を落ち着けて一杯おやりよ」
「お〜江戸弁や」
 それはもういいって! 全員で乾杯をして落ち着いたところで、若朝さんが事情を説明してくれた。
「実はあの後、瀬尾さんにお礼の電話をしたんですわ。そしたら、柴田さんはあと一週間もしたら外国に行ってしまうと聞いて、もうびっくりです。他の三人に話したら、日本にいるうちにガッツリ稽古してもらい言うて、旅費をカンパしてくれたんです。その代わり大阪に戻ったら自分らにも稽古させぇ言われてますぅ。あいつらもあれから一皮剥けたように頑張ってますよ。特にあいつは延陽伯の鶴女はんが米を炊くんで、火吹き竹でカンテキに火ぃを熾(おこ)すところを色っぽく演って、大受けでしたわ。それと鶴女はんの名ぁを一息で言おうとして、顔が赤(あかぁ)なって倒れそうで、これまた受けてましたわ」
 女性噺家のことを羨ましそうに教えてくれた。
「それだったら、朝太さんと一緒に今から稽古でもするかい? 大将、二階借りてもいいかな?」
 若手二人の視線が絡み合っている。三人で二階に上がると、残されたのは僕と美代ちゃんだけになってしまった。思い切って聞いてみることにした
「柴田さんと幼稚園の関係だけど……」
「言わなくてもいいわよ。だいたいは想像できるし、聞いたところで私に出来ることに変わりはないから。子どもどころか結婚もしていないし、何か次の世代に遺さなければいけないものもまだないから、何か言うつもりはないわよ」
 美代ちゃんは僕よりずっと大人だった。
「でも、柴田さんは随分落ち込んでいたんだよ」
「それもわかる。誰かさんに似て柴田さんも自分だけで考えちゃうタイプだしね。もっと周りに頼れば良かったのにとは思うけど、当事者にしか分からないことだから、この話はこの辺にしない」
 黙って退職したことをまだ根に持っているのかな。でも、やっぱり美代ちゃんは大人だ。いつの間にか他のお客さんもいなくなり、大将が僕たちの席へ来てくれた
「お待たせしました〜」
 今日ばかりは待っていました。
「師匠が落語会をした会社って、清水さんの会社だよね? 福禄寿を聴いたの?」
「聴きましたよ。良かったですよ〜。雪の中の場面が目に浮かびましたよ。それと、人物が舞台の上で動いて聞こえるんですよ。落語って凄いんですね〜」
「そりゃ、師匠が特別なんだよ。他の噺家じゃああはいかないよ」
「そうなんですか? 同じようにすれば良いんじゃないんですか?」
 美代ちゃんの疑問に、大将は丁寧に答えてくれる。
「なかなかそうはできないから、稽古をするんだよ。二階に上がった二人みたいにね。あの二人の将来が楽しみだね」
「それと大阪では、落語の他に大喜利をしてくれたみたいですよ〜」
 これを聞いて大将が悔しがったので、僕が大阪での大喜利について説明させてもらった。特に火吹き竹のシーンでは説明に力が入って、美代ちゃんには呆れられたが、大将には大受けだった。
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢