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夢幻圓喬三七日

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「聴いてて苦しかったろう。そして、その後ホッとしたろう?」
「ええ、ホッとして自然に笑っちゃいましたよ」
「あれがそうだよ。あたしが演りたかった師匠の呼吸法だよ」
「じゃあ、ついに物にしたんですね」
「人聞きが悪いな。身に付けたと言ってもらいたいいね。あたしで三人目だ」
「圓朝師匠と柴田さんと後一人は誰ですか?」
「雲だよ」
 マンションで続きを聞きたかったけど、師匠がさん喬師匠の福禄寿をリクエストしていたので、CDだけど聴くことにした。

 聴き終わって師匠の顔を見ると、口をへの字にして少し寂しそうだ。こちらから声を掛けづらい。こんな時美代ちゃんがいてくれたら『柴田さん難しい顔してどうしたんですか〜?』と言ってくれるのに、僕には中々声が掛けられない。やがて師匠が口を開いてくれた。
「あたしらがきちんと伝えてこなかった責任が大きいな」
「えっ? どういう意味ですか」
「なぜ圓朝師匠がこの噺を作ったか? なんだよ。菊江の仏壇じゃないがこの噺は難しいんだよ。この噺だけじゃなくて、明治の20年頃に作った噺は師匠のお作の中でも特に難しいんだ。読んで面白い噺も多いけど、そこが落し穴でね、演るとなると難しいんだよ」
「なぜですか? わざと難しい噺を作ったんですか?」
「そうなんだよ。前にも言ったけど弟子にガミガミいうより、噺で示したんだよ」
「詳しく教えて下さいよ」
「圓遊さんを筆頭とした珍芸四天王の話はしたよな。圓朝師匠は珍芸もいいけど本来の人情噺がきちんと出来た上で、珍芸や改作をしてもらいたかったんだよ」
 聞かずもがなだと思ったが、聞いてみた。
「珍芸の人たちは出来なかったんですか?」
「ああ、出来なかったよ。ただ面白ければ良いって芸だけしてたからね。だから、師匠はおまえさんたちはこういう人情噺は出来るかい? って意味で拵えたのが福禄寿を含めた、その頃の噺なんだよ」
「圓遊さんたちはその噺に挑戦したんでしょ?」
「どうだろう、高座で聴いたことはないよ。他の人はともかく、圓遊さんはしっかりと稽古をすれば出来たと思うんだけど、しなかったんだろうね。それどころか圓遊さんは、師匠圓朝の噺はやってやれないことはないけど、情が移らないからもうやらないとまで云っちまってな、それが百花園の速記に載ったもんだから、圓朝師匠は寂しかったろうな。あたしはそのへんも師匠が寄席から身を引いた理由のひとつだと思ってるよ」
「福禄寿ってどういったところが難しいんですか?」
「あたしには学がないから上手く話せないんだが、とにかく明日の噺を聴いておくれよ」
 明日のお楽しみと言っていいかどうか 圓朝作品の神髄に触れることの出来る期待で八日目がすぎてゆく

作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢