サイレントワールド
『大丈夫?』
『……はい』
『吐血まみれの状態で発見されたのは戴けなかったけどね』
『……すみません……あの、他に方法は無いのですか?』
『他に、かしら?』
『音が無い空間が、どうしても私には必要なんです』
『……あるには、あるのだけど』
『本当ですか!?』
『でもね、』
窓も、ミラーも、ああもうとにかく何も存在しない白い空間だった。いや、白いというよりかは透明に近いかもしれない。ただあったのはオフホワイトのバイオリン、だけだった。視線を上に向けても、天井が無い。いや、あるのかもしれないが、私にはそう感じる。下に向けても床が無い。私には羽根が生えたのか。あまりのサプライズに私は思わず笑いが口から零れた。
……笑い声が、聴こえない。私は声を出しているはずだというのに、音が無い。三歩ほど前進してみた。バイオリンの傍にあった弓でバイオリンの弦を数回弾いてみた。E線、A線、D線、G線……全て空間に存在しなかった。嗚呼、これこそが私の求めていた……。
彼女は、無空間という世界で、心臓の上をダイレクトに弓が貫通していた。その死に顔はとても穏やかなものだった。きっと、その貫通する音さえ聞こえないということは……彼女に絶大なる安静感、抱擁感を招いたに違いない。 私は、彼女の無空間での遺体を検視し、溜め息ひとつ、思わず天を仰いでしまった。
今回も失敗だ。この依頼は、永遠に途切れることは無いのだ。何故なら。この玉石混合な音が充満しているこの世界を嫌悪する人間が多過ぎるのだから。そしてそこに、音が無いかぎり。