ショートショート集 『心の喫茶室』
ー13ー パラサイト
そこは、入った時から不思議な空気が漂う図書館だった。
仕事の待ち合わせで初めて降りた駅。一時間も早く着いてしまった俺は、駅の周りを歩いていて、時間つぶしにちょうど良い図書館を見つけた。
それは、今時珍しい古めかしい建物だった。人もまばらな館内を歩き、突き当たりまで行って戻ろうとした時、ふと書棚の隅の一冊の本に目が止まった。
「あなたの探していた本」
妙なタイトルに惹かれ、俺はその本を手に取った。そして、近くの椅子に腰掛けその本を開いた。
『あなたの究極の願い事は何ですか?』
最初の1ページにはそれだけが書かれていた。
俺は考えた。単なる願い事なら欲しいものが浮かんだだろう。でも究極と言われると“物”ではない気がした。
(永遠の命か?)
いや、今まで生きてきただけで何だかもう疲れた。これが永遠に続いてほしいだろうか。ならばなぜ、“永遠の命”という言葉が浮かんだのだろう? きっと死ぬのが怖いということだろうが、それだけではない。
(子どもたちが、この国が、この世界がどうなっていくのかを見届けたい!)
見たい、知りたいことが、まだまだたくさんある。そんな思いからだと思う。
(今はまだ幼い息子が築く家庭を見たい。
超高齢化社会に加え人口減少という危機をこの国はどう乗り越えるのか?
温暖化の行き着く先の世界はどうなる?
文明が発展し続けた未来とは?)
いろいろなことに頭を巡らし、ページをめくると、2ページ目にはこう書かれていた。
『次のページを開くと 流れ星がひと筋流れます
その一瞬に 願い事を念じてください』
(そんな馬鹿なことが……)
そう思いつつも心が引かれた。もしも、もしもということがある。世の中には俺の知らないことがいっぱいあるはずだ。
意を決しページをめくった俺は、真っ新なページに目を凝らした。
しばらく見つめていると、驚いたことに何か光るものがページをよぎった。その瞬間を逃さず、俺は先ほどの思いを念じた。
そして、次が最後のページだった。
『あなたの願いは叶います
あなたは今後 地球が滅びるまでを見届けることが出来るでしょう
ただし あなたの寿命は与えられた通りに尽きます
その後は他人に寄生して 世の中を見続けるのです
でも あくまで寄生するだけで その人の人生にあなたの意志は全く通じません
ただ 見守り続ける それだけです』
俺は呆然と、その本を閉じた。元の位置に戻そうとしたその本は、不思議なことに
「流れ星の神秘」
というタイトルに変わっていた。何が何だかわからないまま、俺は上の空で図書館を後にした。
待ち合わせ場所で得意先の相手と会うと、俺は早速さっきの不思議な体験を話した。すると彼は首をかしげた。
「この辺りに図書館なんてあったかなあ……」
* * * * * * * * * *
時は流れ、喜寿を迎えた俺は最期の病床にいた。家族に囲まれ、一人一人の顔を見つめている。最後に目を止めた孫娘の顔。
(ああ、この子の花嫁姿が見たかった――)
という強い思いに駆られた。そして、思いだした、若き日のあの不思議な体験を。あの本が本当にあったなら、俺の夢は実現するかもしれない。
(そうだ、それを信じて旅立とう)
* * * * * * * * * *
どのくらいの時が流れたか――
気がつくと、俺はよちよち歩きの幼子になっていた。と言っても俺の意志は何も働かない。この子の目と耳を通して、世の中の流れを知るだけなのだろう。
(えっ! ということは、孫たちの行く末がわからないではないか。ここはどこだろう? 孫娘に会う奇跡が今後起こるのだろうか?)
その時だった。幼子を呼ぶ声が聞こえてきた。その方向に目を向けると桜満開の下、レジャーシートの上に座り、笑顔で手招きをしている家族の姿があった。
そして幼子の視線の先、母親の顔をみて俺は驚いた。なんと、それは紛れもなくあの愛しい孫娘だった!
幼子は、大好きな母親に向かって懸命に歩いていく。一歩一歩、俺の思いとともに。
作品名:ショートショート集 『心の喫茶室』 作家名:鏡湖