小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Haze

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
「Haze」


前と後ろだけの、閉鎖的な道がある。 

凹凸やツギハギといった些細な乱れも許されていない。一枚板のような舗装道路には一面うっすらと水が張っていて、路面はそのせいで滑りやすくなっている。私は足を取られないようにと気を張りながら、緩やかな坂を歩いていた。その時は登りに見えていた。
その路面には傾斜があるはずなのに、路面の水たちは緩やかな傾斜に流されることなく、定着していた。その定着は柔らかな新雪が路面に積もっている時と似たものを想起させたが、新雪のように路面の色を染めない。非常に奇妙な現象のように思える。傾斜に逆らい、路面で均衡を保っている水たちだが、私の足跡はその均衡を少なからず脅かしているようで、足跡の付近では水たちが、じじりと振動するように呟き、騒ぎ、その周辺にだけ、ほんの一瞬だけ、透明な個性が注ぎ足されたように見えた。


 そういう生きる路面があるこの土地は、山奥の、標高が少し高い所にあるので、道路以外の建物、特に商業施設らしきものは一切存在していない。立派な道路の両側には背丈の高い木々が乱立し、それを屋根として、シダ植物が些細な鬱屈と日常を見せている。それ以外の植物や動物もいるかもしれないが、そういうものたちを小さきものというジャンルに追いやってしまうほど、木々とシダがそこら一帯を染め上げていた。そういう植物が多いためか、ここは随分、水気に富んだ空気を持っていた。



 傾斜の半分ほど過ぎたあたりから、何か知らないもの、がこちらを逃すことなく監視しているような、そんな変な気が起き始め、周囲の環境音に敏感にならざるを得なかった。シダが擦れて空気中の水分を揺らして軽快な音を出していて、その音に混じって木霊のような、重低音が微かに下にいた。



 鋭い風が一つ、傾斜の上の方から分離することなく吹き抜けてきて、私の体だけを避けるように下に流れていった。路面の薄い水も風に揺られて均衡を失い、一斉に流れ出していた。その流れにつられたのか、路面の色がうっすらと溶け出して、流れていった。
 私はその時、自分だけが風の流れに取り残されているような、疎外を感じていた。自然的ではない路面でさえ、風の流れに従い、自然そのものは言うまでもない。私は風の行方を追って振り向いた。風の一群れはもうどこにもいない。過ぎていく尾っぽを追うことすらできなかった。
 しばらく風の姿を探し、長く続く路面を見下ろしていた。随分緩やかな傾斜のはずだったが、傾斜のはじめが随分低い位置にあり、私はそこよりも高い場所にいた。見下ろした両側には変わらず木々とシダが壁を作っている。その上に広がっているはずの空にも、木々とシダの色が滲むようではなく、確かに映り込んでしまっている。こうして見下ろすと、閉鎖的で、味気ない。前を向きなおし、もう一度路面の両側を見るが、やはりそこにも永続的な風景が続いていて、路面以外の方角に進むことを禁じられているような、そんな気になっていた。それしか道がない、それ以外のことは起こりそうにもない、平凡で、陰鬱な道であった。


 私はとりあえず傾斜の上を目指した。その先の、葉物畑の中にある小さな小屋。そこが目的地で、そこまで行けばこの陰鬱な一本道は完全に終わりを告げ、山に縁どられた畑の広々とした空気を感じられる。


 傾斜の山肌を進み終わり、遂に頂上に到達すると向こうの道が平坦になり、平坦な世界の右手に葉物畑が見えた。
しばらく続いた木々とシダの囲い道の終わりが見え、そこを境に、風景は絶えることのない白雲の生長とそれを受容する空と、変化に富んだ畦道の交差によって煌めきだした。一本道の終点には空を背景として山がはめ込まれていて、山と空は茫漠とした境界を見せていた。そういう風景の下の、随分向こうの路面は乾いているように見えた。







シダが枯れ、次世代のシダが死骸を崩しながらすぐに生まれた。そういう輪廻の途中、シダはぷつりと、そこで途絶えてしまった。その終わりに気づいた木々は屋根となることをやめてしまったらしい。




 
 最後のシダを越えると、無個性な雑草が多数派を陣取るようになり、振り返るとその二者の入れ替わりが境界線として鮮明に見えた。薄いアクリル板で仕切りがつくられているのではないかと思うほど、見事な境界線であった。その境界線は左右にすうっと伸びていて、見えないという点で同じはずの国境線よりもはっきりと自然の様子を二分していた。
 こちら側はあちら側よりも空気が広く伸びているような、柔らかな空気を吸い込めている。閉鎖的なものが何一つなく、かなり向こうで囲いをつくっている山も、雲か何かで不明瞭な輪郭を見せていて、圧迫しない。むしろあの山は見えているよりもずっと遠くにあるように見え、それが余計開放的な空間を作り出していた。

 葉物畑は道路の右風景を陣取っていて、随分広い。ビニイルハウスのような近代的なものはなく、仕切りも囲いもない。シャベルなどの農業の跡もなく、土にはビニイル片などの異物も混じっていない。代わりに無数の死骸が腐りながら埋まっている。
 そんな畑の中央付近に古びた小屋が見えた。そこが私の目的地であり、数日の滞在先でもあった。その小屋の近くから畦道が四つほど伸びていて、その内の一つの終着点は私がいるこの畔への入り口であった。もう一つ先の入り口から入ると小屋へはたどり着けない。その為、この入り口にだけ人工的な杭が打ってある。色は赤だったが、錆によってもう色は見えない。しかし、どんなに風化し、錆ようともこの杭は自然の一部になることはできずに疎外されていた。

 
 畦道を一歩入ると嫌な気配を感じて立ち止まった。それは大雨の後の快晴、その時に山崩れを予感するような、相当大きな変動を予感するときの、胃の奥が盛り上がるような感覚によく似ていて、私は辺りをよく見渡した。すると畦道の少し先、そこで風が景色と戯れるように舞っていることに気が付いた。それはつむじ風のようなものであったが、空中のほんの一部だけで起こっていることが確実な違いであり、私は見たことのない気象現象だった。怖くなってしまった。そして何より葉っぱなどは一枚も舞っていないにも関わらず、透明であるはずの風が舞っていると認識できたことが不可解でおかしかった。その時、その風は白い色を、透明ということを犯さない程度に持っていて、畑の中で異様な色彩を持っていたのだ。
 その後、その風は周囲から同系色の色を集めているかのように、自身の色を濃くしていって、次第に舞うことを止めて白い綿のようなものとなって制止した。不規則に戯れていた風がぴたりと止まる。この瞬間に何か、妙な静寂と異様な神秘を見た。その綿は確かに白色だが、水蒸気の色に似ていたので、私は霧が生成されたのだと思った。そうして私は行く先を奇妙な霧によって妨げられてしまったのだ。

作品名:Haze 作家名:晴(ハル)