龍の巫女 前篇
山道に差し掛かっても、ミコトは足をゆるめることなく駆けていく。いったいどこへ向かっているのか、夜の山で道をはずれたら命を落としかねない。
不意にミコトが足を止めた。目の前には、タイチが日参している祠。
「ミコト様!」
野犬の群れが、踊るようにミコトへと飛びかかる。アマネは手を伸ばし、その襲撃を遮ろうとした。その時、
「うああああああああああ!?」
祠から光が溢れ出し、サエと野犬の群れを包む。サエは悲鳴を上げて崩れ落ち、野犬は散り散りに逃げていった。
「ミコト様・・・・・・?」
アマネが声をかけると、ミコトが振り返る。倒れているサエに視線を落とし、「タイチは?」と聞いた。
「あ・・・・・・たぶん、そろそろ追いつく頃かと」
「追いついたら引き渡してやれ。サエの相手はお前ではない」
アマネが気絶しているサエの体を抱き上げると、後ろから足音と荒い息づかいが聞こえてくる。
「はぁ・・・・・・! ミコ、ト・・・・・・げほっ、サエ、は?」
「無事だよ。家に連れ帰って寝かしてやれ。恐らく、今夜のことは覚えていないだろう」
ふらつきながらも腕を伸ばしてくるタイチにサエを任せ、アマネは立ち上がりミコトの元へ行く。
「ミコト様、いったいどういうことでしょうか?」
「ん? 依り代が必要だろう? 気に入ったようで良かった」
ミコトが示した先には、不格好だが艶のある石が祠に納められている。
「どこがいいのか、私には理解できないがな」
ミコトは、荒い息を吐いているタイチを振り向き、
「御神体がなくては土地神も留まれないからな。土地を守れなくなり、妖気が野犬に取り付いたのだろう。もうこの村は大丈夫だよ」
「じゃあ、サエ、は?」
「妖気に当てられたのだろう。サエのせいではない。責めてやるなよ」
「ああ・・・・・・お前、が、いいのなら」
タイチはごほごほとせき込むと、サエの体を支えて立ち上がった。
「サエは、大丈夫・・・・・・なんだよな?」
「朝になれば目を覚ます。さあ、風邪を引く前に家に連れ帰ってやれ」
ミコトに促され、タイチはサエを抱えるように山道を下りはじめる。アマネもミコトとともに後をついていきながら、
「ミコト様、一つお聞きしても?」
「なんだ」
「あの奉納の舞は、土地神を呼び戻す為のもので?」
「さあな」
ぶっきらぼうな物言いに、相変わらずだと笑いをかみ殺した。
翌早朝、村のはずれまでミコトとアマネを見送りにきたタイチは、深々と頭を下げた。
「タイチさん、頭を上げてください」
「お前に礼を言われる筋合いはない」
「ミコト様っ」
アマネがたしなめると、ミコトはぷいとそっぽを向く。タイチは苦笑しながら、「まあ、俺の気が済むんだ」と言った。
「二人がいなかったら、俺もサエもどうなっていたか分からないからな。本当に感謝している」
ミコトが顔を向けてきて、
「サエを守ってやれよ。今度は、相手を取り違えるな」
「ああ、約束する。誓うよ」
「私にではなく、あの祠に」
タイチは頷き、再度繰り返す。
「港町に行くんだろう? 知り合いがいるんだ。手紙を書いたから、舟を出してもらうといい。こっちは、そいつの家の地図」
差し出した地図と手紙を、アマネが頭を下げて受け取った。
「こちらこそ、お礼を言わなければなりませんね」
「いいんだ。このくらいさせてくれ」
「なあ、もういいだろう。さっさと行くぞ。体が冷えてしまう」
「ミコト様っ」
アマネにたしなめられて、ミコトはまたそっぽを向く。
「いいから、早くサエの元に帰ってやれ」
ぶすくれた物言いに、彼女なりに気を使ってくれたのだと気づいた。
「ありがとうな、ミコト、アマネ。また立ち寄ってくれ。歓迎する」
「ええ、またいつか」
「・・・・・・・・・・・・」
無言でアマネの袖を引くミコト。しようのない方だを言わんばかりにアマネが肩をすくめ、「では」と言って歩き出す。
二人の姿が見えなくなるまで、タイチはその場に留まっていた。
続く