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龍の巫女 前篇

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サエはふーっと息を吐くと、山菜取りを中断して腰を伸ばした。シャツのボタンを外し、手拭いで首元を拭う。
また山菜の数が減っていた。五年前の流行病のせいで崩壊寸前までいった村も、なんとか立ち直ってきたというのに。今年はどこもかしこも不作で、山の獣達も餌を求めて村に降りてくるほどだ。

これじゃあ、また村から人が出て行ってしまう・・・・・・。

村の外へ仕事を求め、そのまま戻ってこない者を責めることは出来ないと、サエも分かっている。家族を養う為には仕方のないことだ。

タイチも、出て行ってしまうだろうか・・・・・・。

幼なじみの顔を思い浮かべ、サエはぶんぶんと首を振る。タイチに限ってそんなことはないと、自分の考えを否定した。親兄弟を病で失っても、この村に残り続けてくれたのは・・・・・・。
サエは真っ赤な顔で激しく首を振り、それ以上考えるのをやめた。そろそろ戻ろうと、熊除けの鈴をつけた杖を拾う。
その時、がさりと音がした。
サエが顔を上げると同時に、いくつもの黒い影が飛びかかってくる。サエは悲鳴を上げて逃げようとするが、あっという間に取り囲まれてしまった。ぎゃんぎゃん吠えながら、野犬の群はサエとの距離を詰める。

「しっ! あっちいけ!! 誰か!! 誰か助けて!!」

サエは杖を振り回し、野犬を近づけまいとした。激しい鈴の音に野犬達は一瞬怯むも、牙を剥きだして唸り、吠え、決して退かない。じわじわと追い詰められ、サエは恐怖に顔をひきつらせる。

「誰か!! 助け・・・・・・!!」

しびれを切らした一匹が、サエに飛びかかった。サエは杖を放り出してうずくまる。だが、

「大丈夫ですか!?」

聞き慣れない声とともに、野犬のぎゃんっという叫びが響いた。続けざまに鈍い音、野犬の悲鳴、がさがさと走り去る足音。それに混じって、「きゃあっ」という声が聞こえた。

「ミコト様!!」

先ほどサエを助けてくれた相手が、血相を変えて声の方に向かう。サエが呆然と見つめる先で、旅姿の青年が少女を抱え上げていた。青年の端正な横顔に、サエの心臓が跳ね上がる。少女の方がこちらに視線を向け、青年の腕を押した。

「アマネ、大丈夫だから離せ。擦りむいただけだ」
「いけません。すぐに手当を」
「いいから。私より向こうの心配をしてやれ」

少女の言葉に、青年はやっとサエの方を向く。涼しげな目元とすっと通った鼻筋、薄い唇。その端正な顔立ちに、サエは頭がくらくらした。
少女に促され、青年は渋々サエのほうにやってくる。

「失礼しました。お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫、です! あのっ、危ないところを! ありがとうございました!」

サエは慌てて髪を撫でつけながら、早口で礼を言った。旅姿とはいえ、仕立てのいい着物を目の前に、サエは自分の野良着が恥ずかしくなる。相手はサエに怪我がないのを見て、再び少女の元へ戻っていった。

「さあ、ミコト様。私がおぶってさしあげますよ」
「いーやーだっ。自分で歩ける」
「無理は禁物ですよ。さあ」

サエは二人に近づくと、意を決して声を掛ける。

「あのっ! よかったら、今日はうちに泊まっていってください。もう日が暮れますし、暗くなってからは危ないですし。お礼もしたいですから」

青年と少女は互いの顔を見て、少女より先に青年が口を開いた。

「すみません。では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「おいっ、勝手に」
「だ、大丈夫ですよ! あのっ、私、サエと言います。それで、あの」
「ああ、失礼しました。私はアマネ。こちらはミコト様。私はミコト様のお世話をさせていただいております」

アマネの横で、仏頂面の少女が頷く。

「お前が無事ならいいんだ。先を急ぐから、これで」
「では、サエ様。今夜はよろしくお願いいたします」
「は、はい! こっちです!」
「おい!」

アマネは慣れた様子でミコトの体に腕を回して立たせた。ミコトは渋面を作りながらも、大人しく腕の中に収まっている。サエは頬を染めながら、二人の先に立って山道を進んだ。



タイチは自転車を止めて、道の向こうに目をやる。
そこには幼なじみのサエと、見知らぬ二人組。少女のほうは怪我をしているのか、青年に体を支えられていた。
サエが頬を染めて、青年にあれこれ話しかけている様子に気づいて、タイチは顔を強ばらせる。遠目からでも男前なのが見て取れた。悔しいが、男のタイチでさえ見惚れてしまうほど。一瞬迷ったが、タイチは自転車を押して三人に近づいた。

「サエ、その人達は?」
「あ、タイチ!」

声を掛けると、サエは小走りでタイチに向かってくる。

「あのね、山で野犬に襲われて、あの人が助けてくれたの。それで」
「野犬!? だから一人で山に入るなって言ったのに!」
「う、うん。ごめん。それで、あの、アマネさんがね、助けてくれて。それで、ミコトちゃんが足を怪我しちゃったから、今夜はうちに泊まってもらおうかと」
「ミコトちゃん・・・・・・」

少女の方がぼそりと呟き、青年が笑いをこらえるように横を向いた。
タイチはじろじろとアマネを眺め回して、

「そっか。サエを助けてくれてありがとう。今夜はうちに泊まってくれ」
「えっ!? タイチ!?」
「サエんとこはお袋さんと二人暮らしだ。あんたは恩人だが、口さがないもんもいるからな。俺の家なら部屋も余ってるし、いい薬もあるんだ。妹さんの怪我もすぐに良くなる」
「妹・・・・・・」

またミコトがぼそりと呟く。
サエがタイチとアマネを交互に見て、

「でも、タイチ」
「今から町で宿取るわけにもいかないだろ。怪我してるのに。大丈夫だよ、布団だってあるし、飯だってちゃんとしたもん出すから」
「でも」

サエがなおも言いかけた時、横から少女の声がした。

「これは自転車か?」
「うん? ああ、そうだけど」

珍しいものでもないだろうに、ミコトは手を伸ばしてくる。身を乗り出そうとするのを、アマネが押しとどめた。

「ミコト様、危ないですよ」
「なんだ? 噛みつくのか?」

ミコトはアマネを見上げ、くすくす笑う。タイチへと視線を戻すと、人懐っこい笑顔を見せた。

「乗ってみたい。いいだろう?」
「あ、ああ。いいけど、足は」
「いけません。転んだらどうしますか」

タイチを遮って、アマネが再度押し止めた。ミコトはむくれた顔でそっぽを向く。その様子が流行病で命を落とした妹に重なって、タイチは口を挟んだ。

「だったら、後ろに座ればいい。俺が押していくから」
「いいのか? ふふ。ありがとう、タイチ」

ミコトはアマネの腕を抜け出して、自転車の荷台に腰かける。サエに手を振って「また明日な」と言った。
ミコトの振る舞いに押し切られるように、アマネも自転車を支えるように手を添えた。

「じゃあな、サエ。もう一人で山に行くなよ」
「う、うん・・・・・・」

名残惜しげなサエを置いて、タイチは重みの増した自転車を押す。後ろでは、ミコトが上機嫌に歌を口ずさんでいた。



「ほら、ここだ」

タイチが示した家をミコトは見上げながら、

「立派な家だな」
「古いだけだ。あがってゆっくりしてくれ。今、薬を取ってくる」
「タイチ」
作品名:龍の巫女 前篇 作家名:シャオ