赤秋の恋(美咲)
バスルームから部屋に戻ったもえは宏の姿がないことに気づいたが、テレビがついているのでトイレにでもと思い、冷蔵庫からコーラを出して、小さなガラステーブルに置いた。その時メモを見つけた。
宏とのベットを期待して居たもえは、火照っていた体が急に冷水を浴びたように、硬直し氷のように立ちすくんだ。
その氷が解け始めると、もえは母が男を連れ込んでいたことを思い出し始めた。自分の身体には男を求める母の血が流れている。今、この時は誰でも男ならいい。もえはそう思った。
誰も見ていない大型テレビから、桜を見る会の様子が写っている。今のもえでなければ釘付けになるほどの関心事なのだが、観る気持ちにはなれないが、アナウンサーの声だけが耳に伝わってくる。しかし、のらりくらりと答弁する役人の答えなどに、反応する気力はなかった。悲しいと思う自分の今の状況だった。快楽を望みながら果たせない落胆は、もえに思考力を与えてくれた。
プラスチックのコップにコーラを注ぐ、ガラスコップが欲しいともえは思いながら、興奮し、乾いた喉に流し込んだ。バスローブはすっかりもえの身体から水分をぬぐってくれたが、そのことで、インナーを纏っていないことがとても哀れにさえ感じたのだった。
バスローブを脱ぎ、部屋を出ることにした。
男と女が欲望のまま過ごせるはずのホテルから、1人だけでチェックアウトする悲哀はもえにとっては初めてなのだが、もえは2度とラブホテルには来まいと決心したのだ。