赤秋の恋(美咲)
ラブホテルへ
美咲と待ち合わせを約束した場所は、小山駅近くの大型電気店の駐車場であった。大塚宏は75歳の誕生日に運転免許証を返納したために、10年ぶりほどだろうか、電車に乗ることになった。足利駅まではタクシーを使ったが、駅舎に着き、最初に驚いたことは、駅員の姿が見当たらないことであった。3月の終わりであり、春休みの時期でもあって、それに通勤時間帯を避けた時間であり、駅舎には宏1人であった。自動販売機で切符を買うのは、初めての体験であった。旅行で電車に乗ることは過去にあったが、その時、切符の手配は旅行業者に任せていた。壁に掛けられた料金表を見た。670円であった。それから販売機に行き、千円札を入れた。釣銭と切符が出た。宏は無事に切符が買えたことを子供のようにに喜んだ。1時間に1回だけの電車が来るまでには、まだ20分ほど時間があったが、宏はホームに行くことにした。切符の表を見えるようにして、改札の機械に差し込んだ。飛び出した切符を取ることを宏は忘れ、そのまま、飲料水の自動販売機脇の椅子に腰を下ろした。
「切符、取るの忘れたでしょう?」
「ありがとう。バーが開いたので、通れると思って,電車に乗るのは久しぶりなんです」
私服姿ではっきりは分からないが女子高校生に見えた。宏はふと、高校生は自分のことをぼけ老人に見たかもしれないな、などと思っていた。これから、40歳の女性に会う自分が、まだ若いと感じている自分が、切符を取り忘れたことで、75歳と言う年齢の、一番嫌う老人を認識させられたのだった。