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リベンジ

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 十一月の初頭、木漏れ日が僅かに差し込む埃っぽい部屋のソファーで、唇を噛み締めながらテレビのニュースを睨み付ける男が佇んでいる。男の名は佐伯博四十三歳。髪は緩くウェーブがかかり、目は物悲しそうだが眼光は鋭い。ニュースに流れているのは通り魔による女児の殺人事件である、男は手にした煙草の灰が落ちかけるのも気にせず、テレビを凝視していた。博には六年前迄、今回の被害者と同年齢の娘、薫がいた。薫は十七歳の少年の性欲の捌け口とされ無残な姿で発見された。犯人の少年は未成年の為、少年院送致となり死刑になることは無かった。妻とは事件の後、ギクシャクした関係が続き半年後離婚した。     あの日の事は忘れもしない、初夏というにはまだ早い四月半ばの汗ばむ夕方に妻の亜希子から携帯が鳴り「あなた大変なの! 薫が何処にもいないのよ、さっきまで公園であそんでいたのに、どうしよう」慌てふためく妻の声に、仕事を切り上げ自宅に戻ると、ダイニングのイスに力なく腰掛け、西日が差し込む窓の外を、涙の枯れた虚ろな眼差しで見つめる妻の姿があった。「亜希子!」俺の声にビクッと身体を震わせ、ゆっくりと振り向き糸の切れたマリオネットのように俺の足元に崩れ落ちた。「きっと大丈夫だよ」と竹ひご細工のように細く、今にも折れてしまいそうな身体を抱きしめながら、確信のない慰めの言葉でその場を取り繕った。  取り急ぎ警察に捜索願いの申請をしたが、数週間経っても何の手がかりもなく、その後、しばらくして警察から身元確認の連絡があり霊安室へと通され、中へと足を踏み入れると、そこはほのかに線香の香りが漂い、どんよりとした重苦しい空気に包まれていた。そこに薫の姿はなくテーブルの上にはドス黒く変色したアニメキャラのTシャツだけが置かれていた。まぎれも無く薫のお気に入りのTシャツだった。俺は全身の力が抜け、その場に崩れ落ちた。      警察官に薫のことを尋ねると、遺体の損傷が激しいので司法解剖へと回されたと告げられた。 自宅に戻った俺は、どの部屋からも灯りが漏れていないのを不審に思いながら、扉を開け中に入り、妻を呼んだが応答はない。一階全ての照明をつけ、部屋を探すが居ない。二階へと駆け上がり、照明をつけ部屋を探すと薫の部屋の扉が半開きだったので、勢いよく開けると薫のベッドでさなぎの様に背中を丸め、小さな掛布団に覆われた妻が横たわっていた。事実を伝えようと布団に手をかけた瞬間、俺は凍りついた。ベットから床にかけて赤黒い液体で覆われて、その範囲はなおも拡がり続けていた。俺は妻の両腕上腕部を荷造りロープで固く縛り、応急の止血処理をし救急車を呼び病院へと向かった。妻は辛うじて一命を取り留めた。病院での治療後、自宅に戻った亜希子は別人のようになってしまった。無理もない、可愛い盛りの娘があんな殺され方をしたのだから。夫婦の会話も廃れ、身の回りの世話と家事全ては俺の役目となり、日に日にやつれていく妻の姿を見るのは耐え難かった。   薫が殺された翌年には小学校への入学が控えていた。幼稚園から帰ってくると、余程楽しみなのかまだまだ先の入学式の練習なのか、真新しいランドセルを背負い、はしゃぎながら家中を走り回っていたと妻から聞かされていた。少し泣き虫な所もあったが、ハムスターやインコなど小動物をとても可愛がり、よく世話もしていた。昭和から平成の時代になっても、博と同じ境遇に身を置く親御さん達は後を立たない。こんな苦しい思いをする遺族は最後にするべきで、今こそ鉄槌を振るうべきだと博は固く心に誓うのであった。土曜の昼下がり、とある海辺の公園にて博は遊歩道を散策する家族連れをぼんやりと眺めていた。曾ては自分もあんな幸せな時も在ったんだとしみじみと懐かしさに耽っていた。その時、背後から「久しぶり、どうしたの? ぼんやりして!」と、聞き覚えのある声がした。高校時代の後輩、杉田美樹だった。卒業後は市役所に勤めている。四十代でもCAの様に若々しく小奇麗な見た目だが、一人娘は今年で高校生になるという。卒業以来暫く会うことがなかった二人が再度連絡を取るようになったのは、皮肉にも薫の件がきっかけだった。薫が殺されたショックから何度か自棄を起こしかけたが、今もなお生きながらえてしまっているのは彼女の支えがあってこそだ。 「なんだ美樹だったのか!? 脅かすなよ! お前こそ、こんなところで何してんだよ」 「アタシはね、子供のお迎えに呼び出されたんだよね」 「ところで先輩、あれから少しずつでも前向きに過ごされてます」「ああ、まあ出来るだけ考え無い様にしてるっていうか、仕事で気を紛らわしてる状態かな」と博は心の怒りを抑え、穏やかな笑顔でその場を取り繕った。 美樹を犯罪に加担させる訳にはいかないが、役所勤めという事から、住基ネットを利用して情報を手に入れる為には致し方ない。「久しぶりに会えて良かったよ。旦那とも仲良くしろよ、じゃぁ気をつけてな!」 「先輩・・・ 」美樹には判っていた。博が表面上いくら穏やかな雰囲気を醸し出しても、犯人に対しての憎悪が心の奥底で煮えたぎって収まらないのを。      美樹と別れた後、博は古びた町工場の一画にある平屋の民家に入って行った。     その場所は自宅とは別に三年前から借りている事故物件である。何故、博がそんな物件を借りているのか?ある目的の為である。 罪なき理不尽な殺されかたをした被害者に替わって血の制裁を施す為に借りているのだ。  部屋の間取りはガレージと一体の十二畳のリビングと六畳の和室、キッチン、バストイレだが殺風景なほど生活感は無い。ガレージの一角には裸電球一つと床にボルトで固定された金属製の椅子があり、片隅にはガス切断機と酸素とプロバンのボンベも見てとれる。 壁には防音材が張り巡らされている。薫の事があってから、いつの日か制裁をと部屋を少しずつ改造し、そこはまるでキューバのグアンタナモ収容所を連想させる作りになっていた。 博はこれ迄、入念な下調べと共に肉体改造の為、イスラエルの軍隊式格闘技クラヴ・マガの習得に時間を費やして来た。それまでは何処にでもいる中年のメタボな容姿だったが、体脂肪率五%に迄身体を絞っていた。何故ならこれからの事には精神的には勿論、強靭な肉体が不可欠で並みの人間なら精神崩壊しても可笑しくないからである。  深夜三時頃、自宅に戻った博はカップ麺を啜り、シャワーを浴び翌日の予定を考えながら床についた。昼前に目覚め、バスルームで冷水と温水を交互に浴びてると意識が研ぎ澄まされていくのを感じる。 冷蔵庫から取り出した五百gの牛ヘレ肉を刻んだガーリックと共にオリーブオイルで軽く炙り、オレンジジュースで胃に流し込んだ。渡邉敏宏、薫の命を奪った鬼畜野郎。こいつだけは絶対に社会に戻すべきでは無い。  昼過ぎから渡邉の保護司をしていた堀田の動向を探りに出掛けるつもりだ。 渡邉は今年で二十三歳になるが名前は養子縁組をして河田に替わっている。 堀田の自宅は車で一時間位の処にある、周りは山林と田畑に囲まれた長閑な場所だった。堀田は地元の新聞社の編集長をしていた。現在は現役を退いた七十前の初老だ。河田こと渡邉敏宏の情報を聞き出すには堀田に頼るしかな
作品名:リベンジ 作家名:井口 剛