偽娘玄奘 ジャーニャンゲンジョウ
劭
孫悟空たちのまえに群れた悪鬼どもが立ちはだかる。どれもツノが生え牙をむき出した恐ろしげな形相。今にも噛みつかんばかりに歯をガチガチならしてくる。
「あれって羅刹だよね。もしかして寺院をおとずれる旅びとを襲って食べていたのかな」
猪八戒が、ひい、ふう、みいと敵の数をかぞえていると、その肩をポンとたたいて孫悟空が言った。
「ざっと見積もっても二百匹はいるよ。ぜんぶ倒してたら日が暮れちまわァ。それよりどこかに羅刹どもの親玉がいるはずだ。そいつを見つけだして首刎ねちまったほうが早い。そうすりゃ残されたザコどもは散り散りになって逃げてくって寸法さ」
「なるほど」
八戒が感心しているところに、ふたたび銅鑼がボワーンと鳴った。まるで申し合わせていたように羅刹どもの群れがまん中からきれいに割れてゆく。その花道をエイホッ、エイホッと輿にかつがれ、大兵の妖怪がすがたをあらわした。
「言ってるそばから出てきやがったぜ。バカなやろうだ。まさに飛んで火にいるなんとやら」
羅刹の親玉は、灰色の毛なみをハリガネのごとく逆立てた熊の化け物だった。輿のうえでヒゲをもてあそび、胸をそっくり返らせている。すかさず、そのかたわらにひかえるネズミ顔の側近が、大げさなジェスチャーでたんかを切った。
「このおかたこそォォ、黒風山よりこの地を支配なされるゥゥ、ロックンローラーの最高指導者ァァ、その名もォォ、黒熊怪さまなりィィィィッ!」
ひときわ高らかに銅鑼がボワワーンと鳴った。拳をつきあげ、羅刹どもがいっせいに雄叫びをあげる。
「なあ兄貴ィ、黒熊怪だってよ。聞いたことあるか?」
「ふん、おいら興味ねェな」
悟空はつまらなさそうに鼻毛をブチっと抜いた。
「こら貴様らァ」
輿のうえでヌッと仁王立ちした黒熊怪が、悟空たちに向かって大声をはりあげた。
「西都長安より経文を得る旅に出た僧があると聞いたが、それはおまえたちのことだなァ」
悟空も負けじと声をはりあげる。
「だったらどうしたァ」
黒熊怪は頭上で戟をブウンと一回転させた。研ぎ澄まされた穂先がギラッと夕陽をはね返す。
「知れたことよ、ぶっ殺すッ!」
その言葉を合図に、羅刹の群れがワッとときの声をあげた。地響きをたてて突進してくる。
「ちぇ、けっきょく総力戦かよ」
八戒がぼやいた。悟空は空をあおいで、すばやく印をむすんだ。
オン バザラ ケンダ ソワカ
暮れ切らぬ夕空にキラッとなにかが光った。と見るや、つぎの瞬間には直線的な光跡をのこし、悟空のいる真上まで移動していた。ひらべったい楕円形をした物体だ。光り輝いて見えたのは、金属質のボディが夕陽を照り返したからだ。
「おい八戒に悟浄、ちょっとのあいだ敵をふせいでいろ。そのすきにおいら、あの黒熊怪とやらを始末してくるから」
言うが早いか悟空は、ほとんど重力を無視した跳躍でポーンと中空へ舞いあがると、きれいにトンボを切った。その足もとに例の楕円形の物体がすべり込んでくる。サーフボードをあやつるような姿勢で降り立つと、物体の背があたかも甲虫の翅のようにパッとふたつに割れた。
「突っ走れ、キントウンッ!」
爆音がとどろいた。
物体から勢いよくジェット排気が噴出し、悟空のすがたは一瞬のうちにその場からかき消えていた。
作品名:偽娘玄奘 ジャーニャンゲンジョウ 作家名:Joe le 卓司