コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ
09
『子供は親に返すべきです』
テレビ画面の中で男がそう言った。スタジオ。男はメガネを掛けて――視力なんか今どきラクに矯正できるのに――高価(たか)そうな腕時計を見せびらかすように手を振り動かせる。おぼっちゃまヅラのイケメンのうちに入る顔だが、どことなくオタクっぽさが窺えないこともない。
『川崎の事件で検察は森田夫妻を起訴しなかった。無実を認めたわけですよね。虐待の事実はなかったわけです』
男が言うと、横で女子アナウンサーが、
『本日は予知システム廃止関連など、人権問題についての著書を多くお出しになられているノンフィクション作家の田之島信(たのしましん)さんにスタジオにお越しいただいております。あらためまして田之島さん、検察では釈放の理由として、「犯罪事実の現認がなかったために起訴を断念せざるを得なかった」としているようですが……』
『言い逃れですね。予知システムの欠陥をごまかしているんです。まずそもそも、殺人を予知するシステムがあるのにどうして児童虐待なんかする親がいるというのでしょう。変ですよねえ。そんな人、いなくなるはずじゃありませんか? その昔に「マイノリティ・リポート」という映画が作られたとき、その監督と主演男優が言ったことはどう考えても正しいはずだ。そうでしょう。予知があれば社会から犯罪などなくなるはずで、児童虐待もなくなるはず――そうです。事実なくなっている。もうとっくに根絶されて、この二十年ひとつも起きていないんですよ。すべて警察のデッチ上げであり、今度の件もまたそうなのです。虐待などなかった。予知は間違っていた。それが事実であることに疑いの余地はないでしょう。即刻にも欠陥を認めてシステムを廃止するべきなのです。虐待の罪で刑務所にいるすべての親を無条件に解放し、子供を返してあげるのです』
『ははあ。ですが、システム廃止は……』
『ええ、そうです。権力者は頑として正しい主張を受け入れません。相変わらず、「強制移送と軍事利用の問題により廃止できない」とか、〈クラップ・ゲーム・フェノミナン〉がどうとかいったバカげたことを言っている。もっともらしく聞こえますが、たわごとです。ぼくはそんなのまともに考える気もしません。予知システムは廃止できるし、廃止しなければいけないんです』
『ええと、「しなければいけない」というのはどうして……』
『それはもちろん、大多数の国民がそう望んでいるからです。最新の調査においても、日本人の八割が「予知システムは廃止できるなら廃止すべき」と答えたと言います。八割もの人がですよ』
『それについては、「廃止できないと知ったうえでそう答えているのだ」という反論があるようですが……』
『どういう意味でしょう。ぼくにはサッパリわけがわからないんですが……予知システムを廃止しないのはたんに政治の怠慢であるに過ぎません。努力すればできることをやらないだけの話です。よく、「能力者を離島に送れ」と言うような人がいますけど、これもぼくにはよくわからない。やめるべきなんだから、ただやめればいいだけの話なんじゃないでしょうか。さらに付け加えるならば、先の調査では〈絶対に廃止すべき〉が2パーセント。〈廃止すべき〉が7ないし8パーセント。で、〈できるなら〉が80でしょう。それ以外は〈無回答〉や〈わからない〉なんですね。つまりちゃんと答えた人みんながみんな「廃止すべき」と言ったというのに、なぜただちに廃止ということにならないのか。まるで理解できません』
『ええと、虐待の話に戻りたいのですが、田之島さんは「子供は親に返すべき」とお考えなのですね』
『当然です。子供にとって、実の親と一緒に暮らす――それがいちばん幸福であるのに疑問の余地はありません。「虐待、虐待」と言いますが、あまり大げさに騒ぐのはいかがなものと思いますね。ぼく自身、子供の頃に親にぶたれたことはあります。だからよくわかるのですが、子供はいずれ、親の愛情に気づくものなんですね。「あれは決して虐待などではなかった」とわかるときが来るのです』
『ははあ。ですが今度のようにですね、「エアガンで撃つ」「檻に入れる」「学校に通わせない」といった、耳を疑うような事例もあるわけですが……』
『いえ。そういった点については、考えてはいけません』
『は? それでは今回の事件について伺うことにならないのですが……』
『ですからそのような極端な例は見ない方がいいんです。問題の本質を見誤ることになりますから。扇情的な報道に惑わされると大切なことが見えなくなります。だから、起こったことは見ず、先のことに眼を向ける。罪を犯してしまった人の更生ですね。犯罪は常に社会の側に責任があり、やってしまった人は悪くはないのです。被害者には同情しますが、報復感情に流されてはいけません。「あったことは忘れる」。コレです。虐待についても然(しか)りで、親を憎んでも何も解決されません。虐待に至るまでにはそれなりの深い事情が必ずあるはずなので、もう終わったことについて責めるべきではないのです』
『なるほど。今回の事件では、どのような解決策があると考えられるでしょう』
『やはりまず、両親自体が、子供の頃に親の虐待を受けていたのではないかと考えますね。虐待を受けた子供は、大人になって子を虐待するようになります。その子供がまた子供を虐待します。その子供もまた子供を虐待します。だから虐待を止めるには、どこかで虐待を止めてやればいいんです。親の言うことを聞くように躾けてやればいいわけです。それで虐待は止まります。虐待をしている家庭を見つけたら、いつか虐待が終わるのを待つ努力が必要だと思います。見守っていれば虐待はやみます。その子供が親になったらもう虐待しませんから、それで虐待は終わります』
『本日はどうもありがとうございました』
作品名:コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ 作家名:島田信之