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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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01


 
雨の日と月曜日はいつもブルー(陰鬱)。おれに月曜は関係ないが、ヘリの機内は暗かった。零子に班長に佐久間さん。それに前田奈緒巡査。みな押し黙り、窓を叩く雨の礫を見つめている。街並は濡れて煙る灰色。
 
滲む空にもう一機のヘリが後をついてくるのが見える。医療班のドクターヘリだ。救うべき人物が既に瀕死の状態にあると考えられる状況でこいつはおれ達と共に飛ぶ。
 
おれは前田奈緒を見た。殺人予知特捜官は特に必要な場合だけしか殺人課急襲隊に同行しない。奈緒がいま一緒にいるのは、状況がそれだけヤバいから――今度の場合はそれが一刻を争うからだ。
 
奈緒は婦警の制服の上に雨具を着込み、足をブーツで固めている。しかしもちろんおれ達のように、空中に浮かぶヘリからロープでラペリングなんてできるわけもない。
 
だからゲンジョウに着いたなら、まずおれ達が降り立って、下で彼女を受け止めることになる。晴れてりゃなんでもないだろうが、今はこの雨だ。ヘリのローターが吹き降ろす風に直撃されながら、小石をブチ撒けられるのに等しい雨をこらえて空を見上げる者の気持ちになってほしい。
 
このメンバーを見渡すにそれはどうやらおれの役目になりそうだけど、まあいい。それが男の子だ。問題はそれにどれだけの時間を食うか――この一秒を争う事態にどれだけの貴重な時間をロスすることになるのかだ。
 
ヘリの機内は湿気にジメついている。おれと同じく、誰もが今日の雨を呪っているように見えた。
 
「ゲンジョウが見えたぞ」
 
パイロットが言った。その横で副操縦士も何かペチャクチャ言い始める。後続のドクターヘリとの交信なのだろうけれど、英語のうえに航空用語だらけらしくてまるきり何を言ってるかわからない。
 
「ほら、あれだ。あそこのマンション」
 
パイロットは身を乗り出したおれ達に言った。雨が叩く窓の向こうに大きなビルがそびえている。
 
班長が言った。「近くに降りられる場所はあるか」
 
「見てみるよ。なるべく近くがいいんだろ」
 
「ああ。今回は保護が任務だ」
 
「テン・フォー」と言った。それくらいはわかる。
 
副操縦士兼オペレーターが、ナビ・システム――カーナビのヘリコプター版――を操作しながらパイロットに何か言う。日本語だがやっぱり用語だらけでわけわからない。
 
しかし結局最後には、人間が眼で見て判断しなければならないものはならないんだろう。パイロットは「ヤな雨だ」と言いながらパネルのキーやらダイヤルやらをカチカチやった。エンジン音やローターの風切り音が変化するのがおれにもわかる。
 
体がフワリと浮き上がる感覚。ヘリが降下を始めたのだ。
 
「よしみんな、最後にもう一度確認するぞ」
 
班長――木村満巡査部長がおれ達の顔を見まわして言った。
 
「今回は保護が任務だ。マルキュウ(要救命者)の救出がすべてに優先される」
 
「はい!」とおれ達。
 
「マルキュウは親に虐待されている子供で、マンションの一室に閉じ込められている。予知では親はおそらく不在ということだが――」
 
奈緒を見た。奈緒は「はい」と頷いて、
 
「その子は服を着せられず放置されていて、寒さで体温を奪われ死に至ることになります。予知では親は不在の印象を受けましたが、絶対とは言い切れません。家には居るが子供部屋をただ覗いて見ないだけ、という可能性も存在します」
 
予知ではそこまで詳しいことはわからないのだ。また班長が、
 
「現在得られる情報によると、父親の方は普通の勤め人らしい。月曜日のこの時間に家にいるとは考えにくいが、予断は禁物だ。常に最悪を念頭に入れて行動しろ。今回はチャカは要らないだろう――などとは決して考えるな」
 
「はい!」
 
「しかしあくまで、もう一度言うぞ、マルキュウの保護が優先だ。それを肝に叩き込め!」
 
「はい!」
 
「予知によればマルキュウの絶命まであと一時間半あることになってる。しかし状況から言って、デッドリミットはそれよりはるかに前にあるものと見なければならない。病院に運び込んでも手遅れのおそれは多分にあるだろう。既にそのリミットが過ぎてないのを祈るしかない。一秒でも早い救出――我々にできるのはそれだけだ」
 
「はい!」
 
「よーし、以上だ。みんな、最高の仕事を期待する」
 
「おうっ!」
 
「気を抜くな!」
 
「おおうっ!」
 
皆で叫んだとこで、
 
「よーし、止めるぞ、いいか!」
 
パイロットが言った。ヘリが尻尾を振るようにまわりながら静止する。地上から十数メートルでホバリング。
 
おれ達は機の左右のドアを開けた。途端に雨が吹き込んでくる。ロープを下ろして、一斉に宙に飛び出した。
 
「グッドラック!」副操縦士が叫んだ。
 
ロープを伝って降りる体に雨が叩きつけてくる。おれはそびえるマンションを見上げた。
 
十数階建ての高層建築。今日は雨に濡れている。周囲の数キロ圏内に似たようなのがいくつもあるが、今はどれもが靄で霞んでしまっていた。
 
ここは川崎。神奈川県の東北部で、川を越えればすぐ東京都心となる。ここらに住むのは大半が東京勤めの会社族だろう。濡れても水を含まない灰色の森に巣くう者達。
 
土があり緑があれば、雨に匂い立つだろう。ただ湿り気があるだけだった。嫌な雨だ。こんな日がいつか来るとは思っていたが。
 
おれは駐車場に降り立った。鉄の立体駐車場。ビシャビシャと水が流れて滴り落ちる。どの区画にも自動車が置かれ寿司折りのようにヒシめいていた。
 
ここら辺りの住民は、クルマを持ってもマイカー通勤は許されない。そもそも考えることすらできない。だから平日の昼間にはいつも一杯なのだろう。
 
雨の日と月曜日は陰鬱だ。それに加えて児童虐待致死だった。そうだ。おれにはわかっていた。こんな日がいつか来るということは……殺人課急襲隊員になった時から、いつか必ず向かわねばならない時が来るはずと。
 
空を仰ぐとドクターヘリからも隊員がふたり、ホイストで降りてくるのが見える。残りの者は上で待機し、子供を抱いた救急員を吊り上げる準備をしているはずだ。
 
この降りしきる雨の中。それは決して成功の望みの高いミッションではないはずだった。