道を拓く者
村上投手が先駆けとしてのパイオニア、野茂投手が主力ピッチャーとなったパイオニア、だったとすれば、イチロー選手は野手としてのパイオニアであり、大リーグにスピード革命をもたらしたパイオニアでもあったのだ。
d(>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
三球目のサインもストレート、今度は内角高めへの釣り球の要求だった。
当然次のナックルボールへの布石だが、内角へ外すとなるとデッドボールも頭に入れなければならない、ピッチャーにとっては勇気がいるボールだ。
しかし、外角へストレートで外した場合、バッターとしては次のボールはナックルだとある程度決めてかかることができる、しかし内角への釣り球ならば、バッターは外角のストレートとナックルボールの両方を頭に入れて4球目を待たねばならなくなる。
1球目、キャッチャーは危険を冒してナックルボールを要求し、そこからリードを組み立ててきている、自分が及び腰になるわけには行かない。
雅美が大きく頷いて内角高めへボール球となるストレートを投じると、さほど内角ギリギリではなかったが、バッターは大きくのけ反って避けた。
それはバッターの頭には外角への釣り球があったことを示している。
しかし、内角高めへの釣り球だったことによって、バッターは次の配球を読みにくくなったはず、すなわち外角へのストレートとナックルボール、その両方に備えなければならなくなったはずだ。
キャッチャーからの返球を受けると、雅美はスコアボード上の日の丸を仰ぎ見るようにして帽子を取り、アンダーシャツで汗をぬぐった。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
平成30年、365日ある年としては平成最後の年に、新たな日本人大リーガーが誕生した。
『二刀流』の大谷選手だ。
ピッチャーとバッターの両方を兼ねる二刀流には日本国内ですら賛否両論、大リーグでそれが通用するはずはないと見る向きも少なくなかったが、彼は高額の契約金を提示したチームよりも二刀流を認めてくれるチームを選んだ。
惜しくもピッチャーとしてはシーズン途中の怪我によってフルには働けなかったが、バッターとしての非凡な能力も見せつけて、ピッチャーとして4勝2敗、防御率3.31、バッターとして打率.286、ホームラン22本と言う成績を残して新人王も獲得し、『二刀流は無理』と言う声を封じ込める活躍を見せた。
あのベーブ・ルース選手以後、歴代の大リーガーたちが挑戦すらしなかった二刀流を貫こうとする大谷選手もまた間違いなくパイオニアの一人だ。
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四球目のサインは予想通りナックルボール、雅美もそれしかないと決めていた。
キャッチャーのミットは内角へ、そしてワンバウンドに備えながらも横へも動けるよう、女性ならではの柔軟性を最大限に生かして、膝下を大きく開きながら地面すれすれまで膝を落とす構え、雅美はキャッチャーを信じて投げ込むだけだ。
この1球はチームの今シーズンを最高の形で締めくくるために重要な1球、そして雅美にとっては別な意味でも大切にしたい1球だった。
セットポジションに入り、3塁ランナーを見やると、雅美は大きく深呼吸をした。
(落ち着いて……集中するのよ……)
雅美は自分に言い聞かせた、すると視界からすべてのものが消えて行き、キャッチャーミットだけが大きく見える。
トレードマークのポニーテールを揺らし、雅美は渾身の力を込めてナックルボールを投げ込んだ。
ボールは小さく揺れながらバッターの手元で鋭く沈み、バットはむなしく宙を切った。
「ストライクスリー!」主審のジェスチャーも思わず大きくなり、キャッチャーミットの中のボールを確認すると、改めて大きな声でコールした。
「バッター・アウト!」
真っ先にボールを高く掲げたキャッチャーが、そしてナインが、ベンチのメンバーやスタッフが、一斉にマウンドに駆け寄って来て輪を作る。
雅美はその中心で思い切り拳を突き上げた。
D (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
雅美がこのチームでプレーするのはこの日が最後。
翌年には男子のプロ野球への移籍が決まっている。
数日前に行われたドラフト、水面下で接触してきていたチームがドラフト6位で雅美を指名したのだ。
既に雅美の気持ちは固まっていて、チームも快く送り出してくれることになっていたのでドラフト外でも充分だったのだが、雅美を欲したチームはドラフト指名することで誠意と期待の高さを示してくれた。
村上投手が、野茂投手が、イチロー選手が、大谷選手がパイオニアとなって大リーグに旋風を巻き起こしたのと同じように、今、雅美も史上初めての女子選手として日本のトップリーグに挑戦しようとしているのだ。
自分は指導者や仲間に恵まれた……雅美はそう思う。
小学校時代の監督は、遊び半分に投げていたナックルボールを認めてくれて、全国大会をも目指していたチームの先発投手に指名してくれた。
体には恵まれていたものの、あまり本腰を入れることのなかった雅美はその時に変わった。
自分の為だけではない、仲間の為にも、練習に、試合に真摯に取り組むようになった。
高校時代、女子野球部がある学校はさほど多くなく、練習試合もままならない中で、とにかく野球が好きだと言う一心で集まった仲間たち、そして厳しくも、個性を伸ばすことを指導の指標としていた監督。
プロ入りしてからも、壁にぶつかった雅美に的確なアドバイスをくれた監督・コーチ、そして科学的で効率の良いトレーニングを指導してくれたトレーナー。
プロ入り当初、打たれても打たれても自分の可能性を信じて励ましてくれたチームメイト……。
パイオニアとは、単に『第一号』である者に与えられる称号ではない。
『道を切り拓いた』者にのみ与えられる賞賛だ。
雅美が男子プロの世界で成功するか否か、それは雅美だけの問題ではない。
後に続こうとする者が現れるか現れないのか、門戸が開かれるのか閉ざされてしまうのか。
それが全て雅美の肩にかかっているというわけではない、雅美が成功しなくとも、いつか道を切り拓く者が現れるかもしれない、しかし、その時が来るのはずっと先になるだろう。
道を切り拓くことは容易なことではない、しかしこれ以上やりがいがあることも他にない。
雅美は今、その出発点に立ったのだ。
そして、雅美は多くの人に支えられて出発点に立てたのだと言うことを知っている。
今度は自分が引っ張って行く、それが支えてくれた人たちへの恩返しになるのだと言うことも。
(終)