コート・イン・ジ・アクト
01
〈殺人課〉の名で昭和・平成・令和の昔にアメリカ映画に出てきたのは、市警察のエリート刑事がホットドッグを食べながら殺しを捜査する部署だった。おれが今やっているのは《POLICE》印のワッペンがベタベタ付いた突入服に編み上げブーツ、頭に通信機を着けて、胸と腰には各種装備のポーチがボコボコふくらんでいる。つまり完全なスペシャルチーム(特殊部隊)だ。SITやSATといった前からあるやつと違うのは、武器に持つのがチャカ(拳銃)一挺に警棒だけと軽く済むことだろう。銃はオーストリア製の〈グロック〉。必要とあらば引き金を引く――撃鉄を起こす必要も、安全装置を外す必要もない。このチャカにはもともとそんなもの付いてない。弾丸は鉛が剥き出しのホローポイントだ。当たれば船のスクリューのような形にひしゃげて肉を刻み、体の中をグチャグチャにする。
腹に当たればそいつの腹は麻婆豆腐に変わるわけだが、それでいいことになっている。いちいち腕や足なんか狙って撃っちゃられんのだから。
おれ達殺人課員にとって、威嚇射撃なんていう考えは存在しない。抜いたときは撃つときだ。そして撃つときは殺すとき――とは言ってもおれ自身は、これまで人を撃ったことはないけれど。発砲すれば審問があるし、書類を山ほど書くハメになる。しかし形式だけのことだ。マルタイ(殺害阻止対象者)なんか殺したところで出世に役立ちこそしても、その逆には絶対ならない。そういう仕組みになっている。
殺人課は殺しを防ぐためにある。人を殺す者を殺すのは正当行為と認定される。可能な限り避けなければならないという条件付きで――だが、あくまでも、瞬時の判断がすべてなのだ。目の前で人が殺されるのに、上の指示など仰いでいたら返事が来るのは来年じゃないか。だから、おれが必要と思うのならば撃っていい。まあ今度もそんなことにはならないだろうが――よくある女性監禁殺人。そう難しいことはあるまい。
などと思っちゃいけなかった。ヘリは今、ゲンジョウ(現場)に向けて飛行している。エンジンの音も振動も、昔のターボシャフト機と比べてかなり静かになったらしい。これから風に晒されながらロープを伝って降りなきゃいけない人間からすると、とてもそうは思えないが。
とは言っても、ドアを閉めてる限りでは、会話するのに怒鳴り合わなきゃならないなんてことはなかった。
「あと一分で到着する。準備はいいか」
「オーケー。残り時間は」
「まだ一時間以上ある。今回は余裕だな」
急襲隊員は四人――おれを含めてだ。
下は住宅街だった。降りられる場所は多くない。もちろん、あまりゲンジョウの近くでもまずい。街の上空、高さ5、6メートルばかりの宙は電線の巣だ。少しの間ヘリは辺りをグルグルしてから、貸し駐車場の上でホバリングした。
ドアを開ける。途端に物凄い風と音。
おれは宙に飛び出した。ロープを垂らしてラペリング(降下)――この際だ、高級車らしいクルマの屋根にドッカリ着地してやった。
ヘリは舞い上がっていく。おれ達はGPSのナビゲーターを確認した。ゲンジョウまで300メートルあまり。
走って一分で着いた。一軒家だ。班長のハンドサイン(手信号)に従って、おれは相棒と共に家の裏手にまわった。
気をつけなけりゃならないことはいくらでもある。今どきの窓のガラスは、斧でも振らなきゃ人の力で割れるようなもんじゃない。犬がいると厄介なのは昔も今も変わらない。相手は女性監禁野郎だ。窓などネジ止めしてあるくらいに考えていた方がいい。
基本的に、中へは爆薬で窓をブチ割り突入することになるわけだ。相棒がその作業をする間、無線で状況を報告しつつおれは周囲を探ってみた。
一階の窓を覗いて見る限り、中に人の気配はない。だが今ここに、少なくともふたりいるのは確かなのだ。これまで何十日もの間、この家に女がひとり閉じ込められてきたのだから。それが今から一時間後に殺されようとしてるのだから。
二階を見上げる。どうやら間違いなさそうだった。
「マルタイは二階にいると考えられます。二階だけ窓の雨戸が閉められています。一階には人のいるようすはありません」
声をひそめて通信機のマイクに言った。だが本当は言わなくていいのだ。上空からヘリコプターが、集音マイクと赤外線スキャナーで中を探っているのだから。
すぐ情報が送られてきた。『二階東の部屋にふたつの人物反応』。
それでも頼りにできるのは、結局自分の目玉しかない。
相棒が爆薬を仕掛け終わった。合図を待つ。三、二、一……。
窓が粉々に砕け散った。
おれ達は中に飛び込んだ。家の向こう側からも、班長達が突入する音がバタバタと聞こえてくる。
階段を見つけた。駆け上がる。とりあえず武器は抜かずに両手を空けて――おれ達は別に対テロ部隊じゃないのだ。
二階に出た。東の部屋?と言うと、こっちか。このテのドアは、押して入るものと決まってる。引いたら廊下が狭くなるからな。
ブチ破った。「警察だ!」
部屋に踏み込む。まず感じたのは異臭だった。濡れ雑巾に鼻を近づけたようなひどい匂いが充満している。
殺風景な部屋だった。防音パネルを壁にグルリと巡らせて窓も塞いだ室内に、ベッドがひとつ置かれている。
下着姿のやつれた女が座っていた。犬みたいに首輪を紐で繋がれている。
もうひとりいたのは男。身構えている。まずこいつを見ろ。手を。何か持ってないか?
持ってた。ナイフだ。毎日毎日それで女をいたぶってたに違いない。おれに向かって突き出してるが、構えはまるでなってなかった。
「よせ、来るな――」
そいつは言う。バカなやつだ、とおれは思った。こいつはもう、これで自分がおれが殺して構わない人間になったことがわかってない。
警告する必要はないのだ。『そのナイフを捨てなさい』なんて言うこともない。こいつは女を人質にしようとするかもしれない。捕まるのならその前に殺してしまおうと考えるかもしれない。後ろから羽交い絞めにして、喉元に刃を押し当てて、それで結局掻き切っちまうことになるかもしれない。
その可能性があるというだけで殺せる。サッキュウ(殺人課急襲隊)の隊員には、その権限が与えられてる。ためにわざわざグロックなんて早抜き拳銃が渡されてるのだ。
だから、殺(や)っちまおうか、と思った。おれもひとつこの辺で、〈男〉になってみるのも悪くないんじゃないか?いいかげんうんざりしているのだ。このテの見るからに気色の悪い、変態だと一目でわかるふやけて腑抜けた間抜け面のウジ虫ゴキブリ野郎どもには……こんなやつら生かしといてもしょうがねえと思いながら毎度毎度殺さずにきてやったのだ。この辺りでひとりくらいブチ殺してもバチは当たらねえだろう――。
作品名:コート・イン・ジ・アクト 作家名:島田信之