一筆啓上 死神殿
「……善人には見えないが、あんなことをしでかすような凶悪な男にも見えないが……」
「見えるも見えないも、本人が白状してるんだぜ……信じる、信じないは勝手だが、今日死ぬってわかってる人間がそんな嘘をつくとでも思うか?」
「そ、それは確かにそうだな……」
死神は俺の顔をじっと見つめて来た……あまり気持ちの良い顔ではないが、動転しているのがわかる。
「あの事件じゃ十体もの幽体が未回収なんだ」
かなり希望が見えて来た……俺は思わず微笑んだが、死神はそれを不敵な笑みと受け取ったらしくちょっと怯んだように見えた。
「ほう、死神もやり損ねることがあるのか」
「どうも勘違いしているようだな、俺たち死神は何も人を殺して回ってるわけじゃない、死ぬと分かっている人間の幽体を迎えに来ているだけだ……だが、死を予見できないことがないとも言えないんだ……」
「ほう? それはどんな?」
「例えば通り魔のような殺しだよ、万能の神も人の心に棲む悪魔が突発的にやらかすことまでは予見できない」
「そうか、神と悪魔じゃ油と水だからな……俺は通り魔じゃないが、まあ似たようなものとも言えるかもな」
「あの事件ではまだ遺体が出ていない」
「知ってるよ、なにしろ俺が隠したんだからな」
「遺体をどこに隠した?」
「もう白骨化してるんじゃないか?」
「それでも構わないんだ、遺体さえ見つかれば幽体を剥がして回収できる……おい、どこに隠したんだ?」
「それをお前に教えてやらなくちゃならない義理はないな」
「ここまで告白しているのに……白状しろ、言え!」
「おいおい、脅しをかけようったって無駄だぜ、どうせ俺は今死ぬんだろう?」
「まぁ……それはそうなんだが……」
「俺はこれ以上バラす気はないね、秘密は墓場まで持って行くさ」
「言っちまった方が気が楽になるんじゃないのか?」
「よっぽど知りたいらしいな」
「あの中の何人かは俺の担当だったんだ、幽体を回収できないと査定に響く」
「知ったことか」
「なぁ……教えてくれよ」
「嫌だね」
「……どうして……」
「まあ、嫌がらせだと思ってくれていいぜ、せめて今日死ぬって運命とやらに一矢報いたいじゃないか」
「そんな……」
「なあ、俺はどうやって死ぬんだ?」
「一応、脳梗塞ってことになってるが……」
「一応ってなんだよ」
「まあ、俺たち死神が人を殺すわけじゃないが、死に方を変えたり時期をずらしたりするくらいの権限は……」
「へぇ、そうなんだ……その手帳に書き込むんだな? 『デスノート』みたいだな」
「いや、あれは創作だな、俺たちが持ってる権限ってのはもっと限定されてる、死神界も人手不足なんで多少はこっちの都合でやりくりしても良いって程度なんだが……」
「脳梗塞って、頭が割れるように痛むんだろ?」
「ああ、そうだな……」
「もうちょっと楽な死に方ってないのかな」
「睡眠薬なら眠っている間に死ねるが……」
「持ってるのか?」
「いや……」
「買ってきてくれたら喋ってもいいぜ」
「あいにく人間界の通貨は持ち合わせてないんだ……」
「ならば交渉不成立だな」
「あ、おい……頼むよ……」
「嫌だね、睡眠薬と交換でないとな」
「交換条件を出せる立場だと思っているのか?」
「それはお互い様だろう?」
「ぐ……だめか?」
「だめだね」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「お前が死んじまうともう遺体の在処を聞けなくなっちまうんだが……」
「幽体ってのは喋れないのか?」
「ああ……それに天使か悪魔の方に管轄が変わっちまうとお手上げだ……」
「なら諦めてくれ」
「ぐぅぅ……仕方ない……」
「どうした? まだ頭はちっとも痛くならないぞ」
「……手帳からお前の名前を消した……」
「どういうことだ?」
「お前はまだ死なない……」
「へえ、そうなのか? だけど、それって拙いんじゃないのか?」
「例外的措置だ……また来る……お前が喋る気になるまで何度でもな」
「ああ、構わないぜ、お茶も出さずに悪かったな」
「人間界の飲み物は口に合わん」
「そうか……なら仕方がないな」
「また来る」
「そりゃまた会うだろうな、人はいつか死ぬんだから」
「……」
死神は苦り切った表情を浮かべ、現れた時と同様、ふっと消えて行った……。
と言うわけで俺はまだ生きている。
あれから死神は何度も現れているが、別に怖くもなんともない、遺体の在処を喋らない限り奴は俺を死なせるわけには行かないんだから。
そもそも本当に知らないんで喋ることもできないんだが、それは奴には秘密だ。
まあ、最近は結構打ち解けて来てて俺の部屋でコーヒーなんか飲んで行くようになっているよ、飲み慣れると結構美味いもんだとか言ってね。
今夜辺りまた現れるかもしれないな、たまにはドリップコーヒーでも用意しておいてやるとしようか……。
(終)