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黒いチューリップ 10

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「偶然です。たまたま口に出してみたら、当たっただけのことですから」
「そ、そんな……」こんな時に意地悪しないで欲しい。こっちは不安で、不安で困っているんだ。
「とにかく消毒しましょう」
「……」東条朱里は振り返ると薬剤を取りに行った。西山は左足を出したまま待つしかない。
「かなり沁みると思います。目を閉じて横を向いてて下さい」
「わかりました」言われた通りに従う。痛みには弱い西山明弘だった。歯医者は大嫌い。顎を閉じて少し力を入れた。「うっ」患部に液体が落ちるのを感じた。
「終わりました」
「え?」ウソだろ。「待って下さい。まったく痛くありませんでしたけど」
「それは良かった」
「そんな……。かなり沁みるって言ったじゃないですか」
「個人差がありますから。西山先生の場合は消毒液と相性が合ったのかもしれません」
「……」消毒液と相性が合ったから痛みがない、なんて聞いたことがないぞ。この女、本当に養護教諭としての資格を持っているんだろうか。
「これで少し様子を見ましょう。痛みが続くようでしたら、また何か治療方法を考えますから」
「東条先生」さっさと保健室から出て行くように促しているんだろうが、これで引き下がるつもりは西山になかった。
「なんですか」
「あの虫のことを知っているんでしょう?」
「まったく知りません。何度、訊かれても答えは同じです」
「そう言われても信じられない。さっきは知っているような口振りだった」
「西山先生。ご存知かと思いますが、来月には入学式に続いて身体検査が行われます。その準備で忙しいのです。これで失礼させて下さい」言い終わると東条朱里という女は、椅子に腰を下ろして机に向かう。ボールペンを手にして書類を捲り始めた。完全に西山を無視だ。
「おい、お前な……」もう頭にきた。学年主任のオレに向かって、その態度はないだろう。ここでしっかり、どっちが偉いのか白黒つけないと後々つけ上がらせることになると思った。こてんぱに、こき下ろしてやるしかない。
 「ふざけてんじゃねえぞっ、このアマ」
「……」驚いた様子だった。真顔で西山を見ている。怒鳴ってやったのが効いたようだ。さあ、これから人生のレッスンをしてやろうじゃないか。
「いいか、オレに嘘をつくな。オレを刺した虫の説明を今ここでしないと、素っ裸にして校庭に放り出すぞ。お前のスケベなオマンコを生徒たちに見せてやることになるんだ。そうする前に犯してやってもいい。丁度ここにベッドもあるしな。代議士の愛人だろうと、そんなのオレには関係ない。む、……ど、どうした? なにが可笑しい」怯えさせようとしているのに、相手がニヤニヤし始めた。この女、やっぱりバカか。
「西山先生」東条朱里は言いながら、ゆっくりと西山明弘の股間を指差す。「あははっ」
「うっ」促されて視線を落とすと、ズボンのチャックのところが円を描くように濡れていた。や、やばいっ。二年B組の教室で倒れていた時に、小便を漏らしてしまったらしい。
 西山はベッドから立ち上がると、急いで保健室を出た。後ろから東条朱里の声が聞こえた。
 「どういたしまして。西山先生」

   57

 「はい。波多野です」君津警察署の波多野刑事は受話器を取って応えた。古物商許可証の申請書類に目を通していた時だった。
「君津南中学の加納です。お仕事中に、すいません」
「いいえ、構いません。どうしました?」
 構わないどころか、魅力的な女性と電話で話せて嬉しいくらいだった。生徒が自殺した事件で初めて会った時に、その知的な美しさに波多野は心を奪われてしまう。こんな素敵な女性と毎日のように顔を合わせられる息子が羨ましかった。
「三月十三日の土曜日の件なんです」
「……」今の一言で波多野の浮かれた気持ちは一気に沈んだ。嫌な予感。また何か深刻な問題が持ち上がったんじゃないだろうか。無意識だったが椅子に座り直して身構えた。「はい」続きを促す。
「どうして先日、学校で三月十三日に何か行事があるのかと問い合わされたのか、その理由を知りたくて電話しました」 
「わかりました」君津南中学でも何かあったらしい、波多野は思った。「しかし自分も加納先生が何故、その理由を知りたいのか教えて欲しいです」
「当然です。今さっき、ほかの父兄からも同じ問い合わせを受けました」
「……」やっぱりだ。波多野は確信を強くした。三月十三日の土曜日には何かある。「そうですか」
「その父兄の息子さんですが、家でクラスのみんなに三月十三日に学校に集まるように、電話で誘っているらしいです」
「うちの孝行もそうでした。ところが学校で何の行事があるのかと問い質すと、まったく知らないとしか答えません。ふざけている様子はない。本当に記憶にないみたいだった」
「その男子生徒も同じです。でも彼の場合は、両親が問い詰めようとすると暴力を振って暴れたらしくて」
「それはヒドい」
「はい」
「加納先生。わたしの意見ですが、二年B組の生徒たちで三月十三日の土曜日に、学校で何かを計画していると考えています」
「わたしも同じ考えです」
「だけど、それはいい事じゃない。たぶん何か悪いことだと思います。それを我々は阻止しなければならない。問題は、それが出来るかどうかです」
「そう思います」
「お互い、これから連絡を取り合いましょう。どんなに小さなことでも知らせて下さい」
「分かりました。お世話になります」
「こちらこそ」
 今のところ、これ以上の話はないと二人は判断した。「では失礼します」と言って波多野は受話器を置いたが名残惜しかった。
 二年B組の連中は何を計画しているんだろうか。まったく想像がつかなかった。しかし波多野の第六感が頻りに警告音を鳴らしていた。お前の手に負えない大変なことが迫っている、そう訴えているような気がしてならなかった。

   58 
 
 「これからは連絡を取り合うことにしたわ」加納久美子は美術室にいた。波多野刑事とのやり取りを安藤紫に伝えたところだ。
「三月十三日の土曜日っていうのは確か?」
「うん。そう板垣順平の母親も言っていたから」
「あたし、黒川拓磨から訊かれたのよ」
「えっ、なんて?」
「三月十三日の土曜日は空いているか、って」
「ど、どういう意味?」
「わからない」安藤先生は強く首を振った。
「それで、どう答えたの?」ビックリだ。初めて聞く。
「もちろん、空いていないって言ってやったわ。もし空いていたとしても、絶対に正直には答えない。あの子は何を考えているのか分からないもの」
「正解だわ。つまり三月十三日にB組の生徒達が集まって何かやるのは、やっぱり彼が首謀者なんだ」
「そう考えて間違いないと思う。ところで西山先生は、どうなっちゃったのかしら?」
「すごく心配してる」加納久美子は責任を感じていた。
「連絡は?」
「ない。電話は繋がらないし」
「最後に話をしたのが黒川拓磨なんでしょう?」
「たぶん、そう。あたしが西山先生に彼と話をしてくれるように頼んだから。でも黒川拓磨は否定しているの。会っていないって。だけど体育の森山先生から話を聞くと、彼は嘘をついているとしか思えない。手塚奈々は、西山先生がB組の教室で倒れていたって言うし」
作品名:黒いチューリップ 10 作家名:城山晴彦