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黒いチューリップ 07

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26 

 いいアイデアって、これかよ? 期待したのが間違いだったと失望するしかなかった。
 秋山聡史が転校生の黒川拓磨に相談すると、返ってきた答えは、ザラザラした紙に願い事を書いて関口が使っていた下駄箱に入れろだった。
 おまじないかよ? がっかりさせてくるぜ。
 頭がいいんだから、もっとマシなアイデアを聞かせてくれると思っていた。例えば、お前が佐久間渚の家に訪ねて行って家族全員の注意を引く、そこでオレが庭に侵入して物干しにぶら下がっている彼女の下着を奪うといったみたいな。そんな具体的、現実的な話をして欲しかった。
 しかし奴は真顔だった。冗談を言っているような感じは微塵もない。その真剣さに圧倒されて、秋山聡史は何も言えずに聞くだけだった。
 「わかった。そしたらタダで手に入るのか、オレは?」相手の言葉が終わるまで待ってから肝心なことを訊いた。
「いや、そうじゃない」
「金か?」やっぱり、こいつも関口貴久と同じか。
「いや、違う」
「じゃ、何だ?」
「しばらくして関口の下駄箱には君が欲しかった物と一緒に、一枚の紙が入っているはずだ。それに頼み事が書いてあるんだ」
「頼み事だって?」
「そうだ」
「どんな?」
「きみにとっては難しいことじゃないと思う」
「勿体ぶるなよ。今、教えて欲しい。オレに出来ないことかもしれないし」
「頼みごとをするのは僕じゃないんだ。だから分からない。それに心配するな。もし出来ないと思ったら、何も手にせずに立ち去るだけでいいんだ。取り引きは不成立っていうことさ」
「なるほど」秋山聡史は安心した。しかし一瞬だけだった。
 待てよ。佐久間渚が身に付けていたチューリップ柄の下着を目の前にして、このオレが手を引くことなんて出来るだろうか。無理だ、絶対に無理だ。それに気づく。人殺しをしてでも欲しかった。黒川拓磨に視線を向けると、野郎は意味ありげな笑みを顔に浮かべていた。まるでオレの足元を見るような。その目が、『きみは絶対に、手ぶらで立ち去ることなんて出来ないだろう。あはは』と笑っていた。畜生,その通りだ。
 「それと、もう一つだけ」
「何だ?」まだ何かあるのかよ。やばい取り引きに誘われて、次第に自分が泥沼にはまっていくいくような感じがしてならない。
「この取り引きを仲介した手数料じゃないけど、僕にも頼みがあるんだ」
「言ってみろ」
「来月の土曜日、十三日にB組の教室に来て欲しい。祈りの会をやるから参加してくれ」
「祈りの会?」
「そうだ」
「何を祈るんだ?」
「僕が加納先生と仲良くなれるように、だ」
「え? お前、佐久間渚から加納先生に心移りしたのか?」
「そうなんだ」
「……」こいつ馬鹿なのか。相手は大人じゃないか、それも美人で頭がいい。
「頼む、来てくれ。すぐに終わるから」
「出るだけでいいんだな?」そんなの祈ったってムダなのに。
「そうとも」
「わかった」秋山聡史は了承する。そして決心した。
 この不気味な転校生とは取り引きが終わった時点で手を切ろう。何を考えているのか理解できない。もう二度と口を利きたくなかった。

 家に帰って、机の上に広げたザラザラした紙を見ながら考えた。
 よし、お前が言った事を信じてやろうじゃないか。だけど、もし上手くいかなかったら家に火をつけやるからな。覚悟しろよ。秋山聡史はマイルドセブンを何度か深く吸った。そして黒いボールペンを手に取ると、自分の願いを慎重に書いた。
 『きみのチューリップ柄のブラジャーとパンティが欲しい』
 何度も読み返す。うん、悪くない。なかなかいい感じだ。しかしストレート過ぎて、ヤバくないだろうか。そうだな、それじゃあ関口の下駄箱に入れる前に黒川の奴に見せて、いいか悪いか判断してもらおうじゃないか。何だかぞくぞくしてきた。本当に手に入るような気持ちになってくる。ふと重要なことに気づいて急いで文章を付け加えた。『洗濯はしないでくれ』、と。
 秋山聡史の顔に自然と笑みがこぼれた。佐久間渚の匂いがプンプンしているブラジャーとパンティに顔をうずめて、歓喜の絶頂にいる自分の姿が頭に浮かんたからだ。

   27 

 「加納先生、一番に電話です。板垣順平の親御さんから」
 放課後の職員室だった。声の主は西山主任で、加納久美子は目の前の受話器に手を伸ばした。「もしもし、加納です」
 また学校の外で何かあったのか? 今度は手塚奈々のことじゃないことを願った。お好み焼き屋のアルバイトは西山先生に注意されて辞めたと聞いている。
 「先生、板垣順平の母親です。いつもお世話になっています」
「こちらこそ」
「すいません。お忙しいのは分かっていますが、これからお伺いしても構いませんか?」
「は、はい」いきなり学校に来るって、それほど急を要する話なん  
だろうか。「どういう御用件でしょうか?」
「息子のことです」
「はい。それで」もっと詳しく聞きたい。
「最近なんですが息子の様子が前と全然違うんです」
「どんなふうにですか?」
「テレビ・ゲームに夢中で……」
「……」
「先生、電話じゃ上手く説明できません。今から行かせて下さい」
「わかりました。お待ちしています」相手の切迫した態度に圧されて、そう応えるしかなかった。
 板垣順平の母親が現れるまで加納久美子は考えた。ゲームに夢中が、それほど深刻な問題なんだろうか。学校での彼の様子を思い起こしたが特に変わったことはなかった。もしかして自分の知らないところで何か変化が起きていたりして。
 安藤紫先生が机に向かって仕事をしているのが見えた。席を立って彼女に声を掛けた。「これから板垣くんの母親が来るんだけど、一緒に話を聞いてくれる? なんか深刻な問題らしいのよ」
「どんな?」
「あの、……それがテレビ・ゲームに夢中らしくて」なんか腑に落ちない気持ちが口調に表れて言葉が弱々しい。
「テレビ・ゲーム?」訝しげな顔。
「うん」
「それって家庭の問題じゃないかしら。あたし達に何が出来るって言うの?」
「……そうだけど。きっと話を聞いて欲しいんだわ」安藤先生の言う通りだ。しかし加納久美子は一人じゃなくて誰かと一緒に聞くべきだと、そんな気がしてならなかった。
「……」安藤先生は机の上に広げた書類に目を落とした。言いたい事は分かる。この忙しいのに、だ。
「お願い」
「わかった。いいわ」
「ありがとう」これで借りができた。何かで御返ししよう。
 三十分もしなかった。ノックがして職員室のドアが開き、板垣順平の母親が姿を現すと加納久美子と安藤紫は同時に席を立って迎えた。普段着のままみたいだ。いつもは地元の商工会では有力者という感じで着飾っているのに。応接室の方へ通す前に同僚の女教師を紹介した。
 「こちらは美術の安藤先生です。お話を一緒に伺ってもよろしいですか?」
 母親は厳しい表情を変えない。「いいえ、困ります」口調は強かった。「加納先生と二人だけで話し合わせて下さい」
「わかりました」加納久美子は言うと、安藤紫の方を向いて頷いて見せた。彼女も頷き返すと、「では失礼します」と母親に言って自分の席へ戻っていく。拒否されたのなら仕方ない。一人で聞くしかなかった。
作品名:黒いチューリップ 07 作家名:城山晴彦