白い靴下
お通夜会場のお寺で受付を済ませ、本堂に上がると、もう参列者は縁側まで溢れかえり、座布団は空いていそうになかった。杉田は、会社関係と書かれた紙が貼られた柱の横辺りで同僚を探すと、前の方に顔なじみ数人が固まって、座布団に座っているのが見えた。
(来るのが少し遅かったか)
マネージャーである杉田に座布団がなく、平社員はそれに座っている。一応その同僚たちに声をかけに近付いた時、ふと、正座する彼らのお尻の下に見える靴下に気が付いた。
(深緑や、紺色もいるな。やっぱり黒っぽい靴下が多いけど)
そんなことを考えながら、
「やあ、皆。ご苦労様」
その声に同僚たちは、振り向き、
「あ、マネージャー、ご苦労様です」
「マネージャー、場所在りますか? 私、代わりましょうか?」
部下の女性が気を利かせて言ってくれたが、杉田は指を振って断った。その女性は清楚な黒いストッキングだった。いつもは派手目におしゃれしているので、なかなか見られない姿だ。
「田中君、見なかった?」
「田中さんはまだ来てません」
「そうか。黒い靴下買ってから来るって言ってたから、少し遅れるかもな」
そして杉田は再び参列者の後ろの方へ移動した。そして畳に黒い毛氈が敷かれた場所に正座した。
暫く一人で周囲の参列者を眺めていると、田中が赤い顔をして歩いて来るのが分かった。
(こっちこっち)
杉田は軽く手を上げて合図すると、田中はそれに気付いて近寄ってきた。その時杉田は、当然彼の足元に目が行った。
「あれ? 靴下買いに行ったんじゃなかったのか?」
田中は白い靴下を履いていた。
「そうなんですけど、家にまだサラの靴下があったんで、買うのやめておきました」
「それで、白を履いて来たのか」
「もう、それしか仕方なくって」
「通夜に白い靴下は変だぞ」
「でも派手じゃないし、カッターシャツも白ですから、まあいいかなと思って」
(こいつ、おしゃれが苦手だからかと思ってたけど、ちょっと常識も足りないな)
「田中君、君の白い靴下のこだわりは、一体何から来てるんだよ?」
「別にこだわりなんかないですけど」
「でも、見てみろよ。誰も白い靴下なんか履いてないぞ」
「正式な喪服の人も少ないですよ」
(確かにお通夜に喪服を着て来るのは、人の不幸に対して準備していたみたいで、あまりよくないとも聞く。でもこの腑に落ちない感覚は、一体何なんだろう?)
「喪服にああいうグレー柄の入った靴下だと、なんか落ち着いて見えるよね」
杉田は前方に座る人を、指差して話した。
「白だと目立ちますかね?」
「いや、そういう意味じゃなくって、逆に黒一色の靴下だと、全く沈み込んで見えないか?」
「そうですね。全く目立ちませんよね」
「気配を消してしまうほどだよな」
「だから、葬式とかお通夜には、黒い靴下が必要なのか。今やっと解りました」
「今まで、そんなこと考えたことないもんな。でも白い靴下だったら、それって、本当にちぐはぐな感じだな」
「世の中に、白い靴下履いてる人って、結構いると思うけどなぁ」
田中は首をかしげている。
「イメージは清潔かもしれないけど、すぐに汚れが目立つから、気を付けないといけないな」
杉田は笑いながら言った。すると田中は、自分の足の裏を確認しながら、
「そう言えばある引越し会社のスタッフは、お客さんの新居に上がるために、白い靴下で引っ越し作業に来るって聞きましたけど、実際は汚れて真っ黒い靴下になってるそうですよ」
「そうだ! そういうことなんだよ。田中」
「ど、どうしたんですか? 突然に」
「白い靴下が一番いいって、信じてる理由だよ。漠然と、それが無難って思ってないか?」
「僕なんか、中学の時からずーっと、靴下は白に決まってるって思ってますもん」
「中学の校則が原因か。おしゃれし始める頃に、それを押さえ着けるような教育方針が原因で、お前が出来上がったんだな」
「仰るとおりです」
「・・・お前、柄物の靴下買ったら、結婚できるかもしれないぞ」
「お通夜の席で、結婚の話はどうかと・・・」
お通夜が終わり、それぞれが帰路に着く時、
「マネージャー。田中さんと一緒だったんですか?」
さっきの部下の女性が声をかけてきた。
「ああ、席が無かったから、後ろの方で」
田中とは別れ、ガレージに向かう途中で彼女と一緒になり、杉田は気まずいので、何か会話しようと必死で考えた。
「田中は通夜が始まるぎりぎりで来たんだ」
「あの人、靴下買いに行ったんじゃなかったんですか?」
「え? うん、そうだけど、やめといたみたいだよ」
「なんで白い靴下? やっぱり変ですよね」
「やっぱり気付いた? お通夜にはふさわしくないって言ったのに・・・」
「そうじゃなくって、白い靴下なんか履いてる人自体、子供みたいで気持ち悪い・・・」
終わり