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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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白い靴下

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白い靴下



「コラ杉田!」
「うっせえ!」
「待て! 待てって言ってるだろ!」

 杉田は走らず、ゆっくりとその場を立ち去ろうとしていた。その肩を生活指導の教師は掴んだ。

「なんだよ!」
「靴下! 何色履いてるんだ! 校則が解らんのか!」
「白でっす」
「これのどこが白だってんだ! 教師をなめとんのか!」
「先生には何色に見えるんすか? 誰がどう見たって白っすよ」
「赤に決まってるだろ!」
周りにいた杉田の連れは、一斉に笑いだした。
「先生、目悪いんじゃないですか? これは白ですよ。なあ?」
杉田は周囲にアピールしながら聞いた。
「白ですね」
連れの一人は、教師に顔を近付けてスゴんで言った。その隙に、杉田がその場を離れようと、また歩き出すと、教師は杉田の腰のベルトを掴んだ。短ランの裾がまくれ上がり、ベルトが露出すると、
「ベルトは紫じゃないか! イカン! 校則違反で指導室行きだ! もっと中学生らしくしろ!・・・」


 30年後・・・
「マネージャー。今日の村田さんのお通夜の時間、19時からですよね。僕も参列しないといけないですかね?」
杉田の部下、田中が心配そうに聞いた。田中は午後の休憩を終えた後に、事務所に立ち寄り、杉田にそんな相談をした。
「そりゃ、お前の直接の上司じゃないだろうけど、日ごろお世話になってただろ」
「そうなんですけど、黒い靴下持ってないんで、仕事帰りに買いに行ってたら、間に合わないんですよ」
「黒い靴下が無い? それくらい持っとけよ。仕方ないなぁ。お通夜は急なものだし、喪服じゃなくってもいいから、地味な色の靴下でもいいだろうね」
「そうですか。でも白はどうですかね」
「白? 他の色持ってないのか?」
「白しか履いたことありません」
「うそっ!?」
杉田は田中の足元を見た。スーツのズボンの裾から見えるのは、確かに白い靴下だった。
「今までおしゃれな靴下とか買ったこと無い?」
「いやあ、おしゃれは苦手で・・・」

 確かに田中は40過ぎで独身。彼女もいないらしい。しかも見た目には、女性経験も少なそうだ。杉田は、こんなこと聞いたら傷付くかなと思いながらも、気になって次のように聞いてみた。
「もし彼女とデートする時なんかに、おしゃれな服とかどうしてたの?」
「いや、デートってことも、まともに経験無くて・・・」
「じゃ、一番おしゃれな服はどんなの持ってるの?」
「Jリーグのチームジャンパー持ってます。それには靴下はやっぱり白でしょう」
杉田は驚いた。今まで気にもかけないことだったが、『白い靴下』の持つ意味が、『清潔でまじめ』というイメージだったのが、一気に『野暮ったく不器用』に変化してしまった。

 帰宅した杉田は、自室のクローゼットに押し込んである、箪笥の引き出しを開けてみた。そこには昔から買い溜めた靴下が入っていた。
(ずっと前のから残ってるな)
靴下は穴が開いたら捨てるだろうが、そうじゃないと箪笥の肥やしになることが多い。
(毎年シーズンごとに新しいのを買って、古いのはそのまま忘れてしまうんだな)
杉田は箪笥2段分の靴下をひっくり返して、デザインを確認した。
(このゴツイのはバスケ部で履いてたやつだ。また運動する時に使えるかと思ってたけど、もう要らないな)
その靴下を床に置いた。
(あ、こんな派手なやつ。あいつと付き合ってた時のだ)
元カノのことを思い出した。
(こっちは、あの娘が好きそうで、わざと見せるようにしてたやつだ)
また別の女のことを思い出した。
(これ! 懐かしい。大学の時に、彼女とお揃いで履いてたやつだな。まだあったのか)
杉田はその懐かしい靴下を手に取り、折りたたまれていたそれを広げて、履き口に指を入れて伸ばしてみた。すると、中のゴムがプチプチと切れる感触がした。
(ああ、やっぱり古いからな。もう履くことはできないか)
床に出したバラエティにとんだ靴下を、もう一度箪笥に押し込み、今度は黒い靴下を手に取ってクローゼットを出た。

作品名:白い靴下 作家名:亨利(ヘンリー)