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⑤冷酷な夕焼けに溶かされて

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「我々が密談していた時には既に覇王の罠が張り巡らされていたようで、帰国と同時に芬允共々捕らえられてしまったようです。
芬允は術にかけられながらもなんとか脱出しミシェルを救出に向かったそうですが…とても救える状況ではなかった…と申していました。」

「…っ。」

あまりのことに声を出せない私のふるえる手を、マル様がそっと包み込んだ。

「だから今、ルーチェは帝国の手中にあります。」

「す…くえる…状況…で…なかっ…」

詰まる声帯を必死で押し広げると、しゃがれた声が出る。

「…。」

マル様は、無言のまま私の手をぎゅっと握った。

「…。」

丸い大きな黒い瞳と真っ直ぐに視線が絡む。

その濡れた瞳が、私に絶望を伝えた。

「うそ…。」

首をふるふると左右にふると、マル様がやわらかな唇をきゅっと引き結ぶ。

「嘘よ…。」

私は、リク様とカレン王を交互に見つめた。

「嘘だわ…。」

いつになく険しい表情のカレン王、眉間に皺を寄せて悲壮感あふれるリク様、凛としていながら瞳を潤ませるマル様。

そのどの雰囲気からも、ミシェル様の状況が絶望的なことが伝わってくる。

「…私は、信じない…。」

思った以上に、低く唸るような声が出た。

「この目で見るまで、信じない!」

私の言葉に、マル様が苦しげに表情を歪める。

「…たとえ今、ミシェル様がルーチェにいらっしゃらなくても、必ずどこかで生きていらっしゃいます!
だから…だからそれを確かめに、ルーチェへ帰らせてください!」

「…そうですね。」

わめく私と対照的に、マル様が静かに呟いた。

「たしかに、殺されるところを見たわけではないので、もしかしたら生きているかもしれません。」

「麻流。」

カレン王が、それ以上の言葉を止めるように、鋭く名を呼ぶ。

けれど、マル様は私の手をきゅっと握り込むと、真っ直ぐに見つめながら口を開いた。

「けれど、きっと正気ではないはず。」

「…正気で…ない?」

「麻流。」

頷くマル様の肩に、カレン王が手を置く。

まるで、もうそれ以上言うなというように…。

マル様はちらりとそちらを一瞬見たけれど、再び私の瞳を覗き込んできた。

「私は、ミシェルが覇王の親衛隊によって嬲りものにされるのを見ました。」

「嬲りもの?」

「…人を最も痛めつける拷問は、性的暴行です。」

『孕んでいた王妃を、親衛隊がひとりひとり丁寧に犯したのじゃ。』

突然、覇王の狂気に満ちた表情と言葉が脳裏にひらめく。

「…私でも見ていられないほど、凄惨なもので…あれで今なお生かされているならば、それこそ生き地獄」

「やめろ、麻流!!」

カレン王は強引に、マル様の口を手で塞いだ。

(…ミシェル様…)

(ミシェル様…そんな…)

ミシェル様の絶望的な状況を知り、全身から血の気がひく。

それと同時に、何とも言えない不快な音が、頭の中にも耳の奥底にも大音量で響き始めた。

思わずマル様の手を振りほどくと、私は両耳をおさえる。

そんな私に、カレン王が何か話しかけてくるけれど、よく聞こえない。

「…ミシェル様…早くおそばに…。」

そう絞り出した声が頭の中に反響した瞬間、息がうまく吸えなくなった。

「っは…っは…っ」

手足の指先から唇、後頭部までジンジンと痺れ始める。

あまりの苦しさに平衡感覚を失った体がぐらりと傾いだ。

すると、逞しい腕に抱きとめられる。

「どうした!ニコラ!」

ぐわんぐわんと大音量の耳鳴りが響く中、掠れた声がハッキリと聞こえた。

「ルイ…………ズ…。」

いつの間に意識を取り戻したのか、ルイーズが私をしっかりと抱きしめてくれる。

「鎮静剤です。」

低く艶やかな声が聞こえた瞬間、左腕にチクリと小さな痛みが走った。

そちらを見ると、注射器を手にしたリク様と視線が絡む。

「この袋の空気をしばらく吸ってください。」

言いながら、顔に紙袋を押し付けられた。

紙の独特な香ばしいような香りを何度か吸い込み呼吸する内に、だんだんと手足の痺れが楽になってくる。

けれど、それと引き換えに頭がぼんやりとしてきた。

「覇王は、こちらの行動を全て読んでいます。きっと、姉上が潜入していることも知っていた…。だから、警告も含めて、あえてミシェルへあんな仕打ちをしたのかもしれません。」

リク様の静かな声が、するりと心の中におさまる。

(…確かに…あの覇王ならやりかねない。)

「ルーチェが帝国の手に陥ちた今、我々にもそう猶予は残されていません。早急に軍を整え、ルーチェを手に入れなければならないのです。正直、今こうしている時間すら惜しい。」

淡々としていながらも、厳しい声色のリク様に、状況が思ったよりも悪いことを改めて実感した。

「そして、もうひとつ。
ここで勝手にあなた方に動かれ、万が一にも捕らえられでもしたら、非常に面倒です。」

容赦のない言葉だけど、その飾らないストレートな物言いにこそ信頼を寄せられる。

「ですから、申し訳ないがあなた方には我々の指示に従って頂きます。…いいですね。」

念をおすように訊ねられ、私はルイーズを見た。

すると、ルイーズが小さく頷いて応えてくれる。

「私たちには、あなた方のような能力も知恵も正直ありません。ただ、武術だけは決してひけをとらないと自負しています。」

ルイーズは精悍な頬を持ち上げて、笑顔を作った。

「だから、ミシェル様と無事に合流できるまで、となりますが、あなた方に従います。それで良いですか。」

あくまで私たちはミシェル様のものだと静かに主張するルイーズに、私は涙が出そうになる。

「もちろんです。」

リク様は、銀の髪をさらりと揺らして頷いた。

「我々は、他国のものを奪いませんので。」

侵略、略奪をしない。

何度も口にされる言葉に、これが花の都とおとぎの国、そして星一族の信条なのだと感じる。

「では、早速。今ここで、お二人には結婚して頂きます。」

(…えっ…)

驚いて抵抗の声を上げようと思ったけれど、先ほどの鎮静剤が効いてきたのか…急速に私の意識は遠退いた。

(つづく)