依塚真紀奈考察余話 隠された守護者
「そんなことはないと思うけど、せっかく依塚さんがいただいたものだから」
「でも、円城寺君も火事のこと訊けば良かったのに」
「あの人は知らないと思う。それに火事の原因は誰も知らないと思うんだ」
「えっ!? それなのに調べようとしてるの?」
「火事の原因については、うすうすは分かっているんだ」
「そうなの? 教えて、教えて」
「原因はね……、火の手が上がったからだと思う」
「なにそれ。冗談のつもり? 笑えないわよ」
「ごめん、一度言ってみたかったんだ。それより今日はもうこれくらいにしておこうか」
「やっぱり明日も来るつもり?」
「そうだけど、依塚さんは来ない?」
「いいわ、面白そうだから付き合ってあげる。それに明日までにこのパンフレットを読んで調べておきたいし」
「じゃあ、明日も同じ時間でいい?」
「了解(りょ~か~い)」
真紀奈のふうわりとした言い方にふたりで微笑んだ。
山門の前で円城寺と別れると真紀奈は急ぎ足で祖父母の家へと急ぐ。淨山寺だけでなくいろいろな知識で円城寺には敵わなかった。少しでもその差を縮めるため、明日までに調べなくてはならないことが山積みなのだ。久しぶりに知的好奇心の対象ができて真紀奈は嬉しくもあった。
少し帰りの遅かった真紀奈を心配していた祖父母には、偶然クラスメートに会って淨山寺を見に行った話をして安心してもらう。
夕食の時に、祖父に淨山寺のことを訊ねると、今でもご開帳の時はそれなりの人出はあるそうだが、祖父の子どものころには、屋台もたくさん出て賑わっていたという。だが残念ことに祖父は延命地蔵を見たことはなく、ここ数十年、淨山寺を訪れたこともないという。
真紀奈は食後に祖父のパソコンを借りて、インターネットで調べながら淨山寺でもらったパンフレットの要約をノートに書き出した。
・慈覚大師(最澄の弟子)、一刀三礼(仏像をきざむのに、一刀を入れるごとに、三度礼拝すること)の地蔵菩薩は僧侶の姿となって毎朝家々を回り始めた(遊化)
・この地蔵菩薩はある日、境内の茶畑で左目を傷つけてしまい門前の池で目を洗うと、池の生き物すべてが片目になってしまった
・以来地元では片目地蔵と呼び、慈眼を傷つける原因となったお茶の木を植えないことになった
・後の住職は地蔵菩薩の遊化に不安を覚え、地蔵の背中に釘を打ち鎖でつないでしまった
・この住職は非業の死を遂げてしまう
・この釘と鎖は、享保十一年(1726年)、時の住職によって抜き取られた
・これを境に全国より多くの参拝者が訪れるようになった
・東日本大震災により倒れた地蔵菩薩修復のため鑑定調査が行われた。その結果、言い伝えどおり平安時代初期にあたる9世紀に作られた非常に古い像であることが判明した
多分に伝承もあり真偽不明なことも多いが、どうやら年代は本当らしかった。それに左目の小さい真紀奈にとって「片目地蔵」という呼び名に親近感を覚えた。
ただし、ネットでは慈覚大師について多くの情報は得られなかった。特に淨山寺との関わりについては全くと言っていいほど情報がなく、このままでは円城寺の宿題に答えられない。
ネットでの情報収集に見切りをつけた真紀奈はさいたま市図書館のホームページから蔵書の検索を試みることにした。
祖父母の家の近くにも図書館はあるものの蔵書も設備も貧弱で、やはり中央図書館へ行かなくてはとの結論にいたる。午前9時の開館時間に間に合わせるためには、浦和美園駅まで徒歩で行くとしても8時15分にここを出ればいい。中央図書館の最寄りは浦和駅なので、昼食に困ることもなさそうだ。むしろ店がありすぎて迷ってしまうかも……。
結果的にこの真紀奈の判断は、誤りでありそして正しくもあった。
昼食を逃すことになってしまったのは、図書館で思わぬ情報の宝を見つけたからだった。
作品名:依塚真紀奈考察余話 隠された守護者 作家名:立花 詢