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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 地面で苦しみもがく千歳の前に、天から白い翼を持つ者が舞い降りた。
 天から舞い降りた者の顔はとても冷たく美しかった。それはツェーン――ルシエルであった。
「余を裏切ったなリリスよ」
 冷たく声に千歳は震えた。恐怖で口元が震える。
 何も言えない千歳の身体を持ち上げたルシエルは、微かに笑った。しかし、その笑みは悪魔の笑みだった。
「なぜ〈アルファ〉を起動させた? そんなにも貴女は辛抱のない女であったのか。いや、余の前で猫を被っていた貴女ならば待てたはずだ。貴様が余を裏切ろうとしていたことなど、百も承知であった」
「…………」
 自分がルシエルに逆らえなかった理由を改めて千歳は思い知らされた。千歳はルシエルの掌の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。
 ルシエルは自分の腕を千歳の前に差し出した。
「核は一度傷つくと元には戻らん。しかし、余の血ならば貴女を救えるが、余に救いを求めるか? 憎むべき余に救いを求めてみるか?」
 ルシエルの問いに千歳は消え入りそうな声で答えた。
「わたしは……堕天者[ラエル]よ……どこまでも堕ちて……身も心も……あなたの奴隷にでも……なってあげるわ」
 それは屈辱であった。しかし、千歳はルシエルの腕に被りついた。
 ルシエルの血は千歳の喉を潤す。何と甘美な味がするのだろうか。
 千歳は身も心の地に堕ち、ルシエルに屈服した。そして、いつの日か復讐することを胸の奥で誓った。

 疾走を続け鴉は〈アルファ〉の足元まで辿り着いたが、成す術がなかった。相手は空を飛びながら黄金の羽を地面に撒き散らしている。空を飛ぶ相手にどうやって近づくか。
 〈アルファ〉の飛ぶ進行方向に高いビルを見つけ、その方向へと鴉が先回りしようとしたその時、〈アルファ〉が突然地面に降り立った。
 巨体が降り立ったことにより地面が縦に揺れ、その振動は近くにいた鴉の足を掬うほどであった。
 鴉はすぐさま〈アルファ〉足に飛び乗った。
 聳え立つ塔のような脚に爪をかけながら、鴉は上を目指した。昇らなければならい、天に向かって。
 〈アルファ〉はビルを障害物とも思わずに壊して進む。倒壊したビル片が雨のように降り注ぎ、砂煙の中に魔神の影が浮かぶ。
 砂煙の中に浮かぶシルエットが天に向かって吼えた。制御装置のない〈アルファ〉は本能のままに行動し、あるものを探していた。
 〈アルファ〉は一度動きを止め、慎重に、建物や車などを壊さないように歩きはじめた。本能が感知した。探しものはすぐそこにいる。
 巨大な頭がビルの合間を滑らかに縫い動き、緋色の眼球がそこにいた少女と目を合わせた。
 ファリスは心の底から震え上がった。自分とあの魔神の目が合ってしまった。目を放そうにも放せず、そこに立ち尽くしてしまった。
 緋色の瞳の奥はファリスだけを映し、他のものは一切映っていない。他のものは必要ない。
 身動き一つできずにいるファリスに巨大な手が伸びる。その動きは決して乱暴なものではなく、美しい一輪の花を愛でるように、刈り取ってしまうように。
 巨大な手がファリスに触れようとした瞬間、上空から黒い魔鳥が飛来し、ファリスを魔の手から救い出した。
「私を追って来るとは、死を覚悟してのことか?」
「だって……」
 だってもなにもなかった。迷惑をかけるのがわかっていて、本当に迷惑をかけた。ファリスは居た堪れなかった。
 巨大な両手が風を切って動き、ファリスを掴もうとする。鴉はファリスを抱きかかえながら、アクロバティックを決めながら華麗に宙を舞い飛ぶ。
 だが、鴉が天に足を向けた時、その脚が巨大な手によって鷲掴みにされた。宙吊りにされた鴉はまるで蝙蝠のように宙にぶらさがり、その腕にはファリスが抱きかかえられている。ファリスがいては、鴉は大きな動きが取れない。
 鴉は腹筋に力を入れ、上体を上に向けると、片腕を硬質化させていた
 ファリスは両手で顔を覆った。次の瞬間、ファリスの手の甲に生暖かい液体が迸った。
 胴から下を失った鴉がファリスを抱えながら落下していく。
 黒衣から黒い触手が伸び、ビル屋上のフェンスに引っかかった。フェンスがガタンと揺れ、軋めき悲鳴をあげる。
 黒い触手を使って鴉は振り子のように宙を舞う。フェンスが外れた。勢いがついた鴉はそのままビルの窓を殴り割り、ビルの中に飛び込んだ。
 地面に落下したフェンスの反動で鴉の身体が窓の外へ引きずられそうになったが、爪を床に立てて、すぐに黒衣を元の形に戻した。
 ファリスは鴉の腕から離れ、口をあんぐり開けながら呆然としてしまった。その頬には硝子片で切ったと思われる、一筋の紅い線が走っていた。
 紅い線から流れ落ちる雫。鴉は唾を飲み、歯を食いしばった。
 ここ数日で鴉は極度の渇欲に襲われていた。多くの血を失い、核だけとなった身体を再生させなければならなかったこともあった。失われた下半身は血は止まってはいるが、再生していない。
「鴉、大丈夫!」
「死にはしない……だが、私から早く離れろ、ひとりで逃げろ」
「そんなことできないよ!」
「私を困らせないでくれ」
 鴉の身体に異変が起きつつあった。身体が血を求め、変異がはじまろうとしていた。
 身体を振るわせる鴉の横に跪いたファリスは、鴉の手を取ろうとした。しかし、ファリスの手は激しく撥ね退けられた。
「早く行け! 私がファリスを喰う前に!」
 ぞっとしたファリスは急いで立ち上がった。しかし、この場を離れることはできなかった。
 ファリスは急に窓の方に顔を向ける。
「きゃーっ!」
 窓の外から巨大な手が室内に入って来た。ファリスの身体が掴まれる。鴉は動こうとしたが、下半身がまだ再生していない。再生のスピードが明らかに遅くなっていた。
 鴉は腕の力だけで蛙のように〈アルファ〉の腕に飛びつこうとしたが、それも失敗に終わった。
 ファリスが連れ攫われた後に、鴉は唇を噛み締め、罵った。
「なぜ、私の言うことを聞かなかった、そこまでして私を苦しめるのか?闇?よ!」
 ファリスが付いて来たことにではない。自身にでもない。鴉は自分の命令を聞かなかった?黒衣?に罵った。
 下半身を失った鴉は地面に倒れながら、地面を殴り砕いた。その瞳は緋色に染まっている。
 黒衣は鴉の命令を聞かなかった。鴉はファリスが連れ攫われた時に、〈アルファ〉の手に向かって黒衣を伸ばそうとした。その命令を黒衣は無視したのだ。それで已む無く腕の力だけで〈アルファ〉に飛び掛かろうとしたが、それも失敗に終った。
 窓の外で〈アルファ〉が高らかに吼えた。
 ビルの中に再び巨大な手が伸びる。それは鴉を鷲掴みにしてビルの外に引きずり出した。
 緋色の目が互いを見据える。
 〈アルファ〉は鴉を捕まえたまま、上空へと羽ばたいた。〈アルファ〉は〈Mの巫女〉を手に入れたのだ。
 巨大な口から空気の波が発せられ、鴉の髪を激しく靡かせた。
《わかるか鴉、余は意識を取り戻した。これで地上[ノース]は余の支配下に置かれたも同じだ》
「ルシエか?」
《その名はもうない。ここにいるのは魔神ゾルテだ。そこで見ているがいい、神となった余の力を!》