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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 光り輝く物体は猛スピードでこの都市に落下した。落下地点から閃光と共に爆発音が深夜の街に鳴り響く。
 大きな爆発ではあったが、その規模は半径二〇〇メートルを吹き飛ばした程度で済んだ。だが、この街にクレーターができてしまったには違いなかった。
 堕ちて来た物体のことを知っている素振りを見せた鴉に、目を丸くした夏凛が何かを尋ねようとしたが、鴉の姿はすでになかった。
「あれっ? もぉ、連れない男性だなぁ」
 可愛らしい仕草で顔を赤らめた夏凛はすぐに気持ちを切り替えて、先ほど片付いた仕事の報酬を貰いに行くことにして、三〇メートルほどある高さのビルから地面に飛び降りた。

 巨大都市の光と闇。
 繁栄を続ける都市の影である象徴の一つと言えるのがスラム街。アンダーグラウンドな世界にのみ許された、人々の放つ猥雑な価値観と逞しさ。そこに都市の裏の顔が存在している。
 スラム街の一区間は〈ホーム〉と呼ばれ、そこでは?表よりも?非合法なモノが多く売られ、二十四時間いつでも売春婦たちが歩き回っている。そして、スラムの地下では新興宗教集団や可笑しな実験をする組織などが根城としている。
 スラムの一角にあるとある廃ビルには悪霊が住み着き、スラムの人々でも決して近づかない場所がある。そのビルの中に鴉は棲んでいた。
 電気もない真っ暗な闇の中で鴉は身を潜めていた。鴉がこのビルに住み着くようになったのは三週間ほど前のことである。それ以降、ここにいた悪霊たちは何処かに逃げてしまった。それでも、ここに集まる邪気に惹かれて度々悪霊が現れることがある。
 蒼白く輝く物体に照らされ、鴉の顔が妖艶と映し出される。輝く物体は相手の大きさを知らぬ愚者な悪霊であった。
 全く動くことのない鴉を見て、ヒトの顔を持った悪霊は大きな口を開けて鴉を呑み込もうとした。だが、悪霊は鴉に触れる瞬間、霧のように掻き消されてしまった。格が違い過ぎるのである。
 目を瞑る鴉の耳に人間の足音が聴こえて来た。鴉の超感覚には、それが小柄な人間であることがすぐにわかった。
 鴉は瞼の上に淡い光を感じて目を開けた。
「私に近づくなと何度も注意をしたはずだが、それでも君はここに来る」
 ランプを持った子供の衣服は汚らしく、幼い顔をしている。この子供の名はファリスと言い、スラムで暮らす十二歳の少女だ。
「だって……」
 三日前にこのビルに迷い込んだファリスは鴉と出会った。最初に鴉の姿を見たファリスは恐怖を覚えたが、それ以上に鴉の美しさに目を惹かれた。だが、その美しさには翳があった。
 ファリスは異質な存在である鴉に興味を抱いた。
 二日目まではファリスが一方的に鴉に話しかけていたが、さすがに三日目ともなると話題がなくなってしまった。
 鴉は決してファリスのことを無視しているわけではなかった。口数は少ないが返答はしてくれる。だが、その返答は一言で終わってしまうために会話が続かないのだ。
 ファリスは鴉の横に壁に寄りかかりながら座った。
「昨日の爆発見た?」
 昨晩この街に堕ちて来た光を見た者は多い。そして、激しい光と爆音を聞いて目を覚ました者も多い。そして、テレビなどのメディアは大々的にそのニュースを取り上げている。
 鴉は静かに口を開いた。
「知っている」
「あたしは落ちて来るのは見なかったんだけど、大きな爆発で目を覚ましたの。ラジオで聞いたんだけど、半径二〇〇メートルくらいのクレーターができただけで、落下して来た物体は見つからなかったんだって」
 落下現場からは落下物の破片すら見つかっていない。そんなことは通常あり得ないことだ。
 ファリスの持って来たランプの光が弱まり出した。
「あっ……」
 消えゆくファリスの声と共にランプの光が消えた。辺りは暗闇に包まれる。
 自分の身体すら見えない暗闇の中で、ビルの外まで出るのは至難の技である。ファリスは困り果ててしまった。
「どうしよぉ。――わぁっ!?」
 暗闇の中で急にファリスの身体が宙に浮いた。そして、闇の中から声が聞こえた。
「外まで送って行く」
 ファリスの身体を持ち上げたのは鴉であった。
 静かな闇の中に鴉の足音が響き、ファリスは鴉の首に腕を回してしがみ付いた。
 体温は感じられなかった。鴉の首元はとても冷たく、まるで血が通っていないように思えた。
 ビルの出口から強い光が差し込む。ここでファリスの夢は醒める。もう少しファリスは鴉に抱かれていたかった。
 鴉はゆっくりとファリスを地面に降ろした。
「私に関わるな、君は君の世界で生きろ」
 鴉はファリスの背中を優しく押して外に送り出そうとした。だが、ファリスの足は動くことはなかった。
 光を背に受ける黒い人影。
「探したぞ?鴉?よ」
 黒い人影の声は男のものだった。
 黒い厚手のローブに付いた頭巾を頭にすっぽりと被っていることと、逆光によって顔は全く見えない。しかし、鴉はこの人物のことを知っていた。
「ルシエだな?」
 鴉はファリスを自分の後ろに押し込め、ルシエに詰め寄った。
 ルシエの顔は鴉に優るとも劣らない美しい顔だった。そう、鴉と同じ雰囲気を醸し出す、この世のものとは思えない崇美さを兼ね備えていた。
 ファリスは心の底からルシエに脅えた。ルシエから鴉と同じモノを感じる。だが、鴉とは全く違う威圧感がある。
 鴉の後ろの隠れながらもファリスはルシエから目が離せずに、足は小刻みに震えていた。足が震えるのはルシエのせいだけではない。鴉からも殺気は発せられているのだ。
「何が目的で堕ちて来たのだ?」
 鴉は知っていた。昨晩この都市に飛来して来たモノがルシエであったことを――。
 空からの堕天者のことを鴉たちは?ラエル?と呼んでいた。
「鴉よ、ここが地上――?人間たちの大地[ノエル・ア・ノース]?か?」
「ここは?人間たちの楽園[ノエル・ア・アクエ]?だ」
 静かに冷たく鴉はそう言い放った。だが、それをルシエが嘲笑う。
「フンッ……ここは我々ソエルの為に神が創られた牢獄だ! 余は天から煌く都市を見下ろした。それはまさに楽園[アクエ]を夢見る者たちが造り上げた虚像の幻想都市だった」
 この言葉に鴉は目を閉じては空を仰いだ。その表情は哀しげだった。
 鴉は知っている――空の先に広がる闇が無限でないことを……だが、天の広さは鴉にとって無限に広がるに等しいものだった。
「我々が再び神への反逆を企てぬ為の楔だ」
「確かに……だが、今や、天で聖水[エイース]を造ることが可能な時代となった。ノエルにもう価値は無い」
 ルシエはそう言うと黒いローブを脱ぎ捨て、背中に巨大な漆黒の翼を生やし、空気を激しく仰ぎながら大きく広げた。その姿は圧巻であった。まさに闇の王と言っても過言ではないだろう。
 激しい風がビルの中に吹き荒れ、鴉の身体を揺さぶり長く伸びた髪を靡かせるが、彼は動じることなくルシエの瞳を見据えた。
「ルシエよ、だから天から堕ちて来たのか?」
「そうだ、これは神への反逆だ。鴉よ――いや、天では輝ける称号を持っていた気高き戦士よ。貴公は自分をこの地上[ノース]に堕とした天人[ソエル]たちが憎くはないのか?」
「私はこの地上[ノース]で己の罪を……」
 ルシエは鴉の言葉を遮った。