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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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堕とされしものたち 機械仕掛けの神

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 大きく振れた夏凛の脚が巨大猫の顔面に炸裂し、巨大な身体を持っているはずの猫が大きく吹き飛ばされ、その衝撃でアスファルトの上を大きく滑った。
 アスファルトに皮膚を削られた巨大猫は覚束ない足取りで立ち上がり、怒りの鳴き声を甲高くあげた。
「実力の差がわかってないのかね、この仔猫ちゃんは」
 巨大猫は避ける間も与えられなかった。
 舞い上がった夏凛は華麗に踵落とし巨大猫脳天に炸裂させた。
 鈍い音と共に巨大猫は顎を地面に打ち付けられ、白目を剥いて地面に倒れた。
 地面に倒れた?仔猫ちゃん?を見つめながら、夏凛ははっとした。
「きゃ〜っ、こんな可愛い仔猫ちゃんに手をあげるなんてアタシとしたことが……エヘヘ」
 照れ笑いを浮かべた夏凛はスカートの裾をふわりと巻き上げながら反転すると、地面に横たわる巨大猫に背を向けて歩き出そうとした。
 軽やかなステップで歩いていた夏凛の足が止まる。
 夏凛の背後から殺気が立ち昇る。
「まだなのぉ〜!?」
 驚いた顔をした夏凛が後ろを振り向いた時にはすでに、地獄の業火を纏う巨大猫が大口を開けて迫っていた。
 天から飛来する白い影が槍を巨大猫の身体に突き立て、そのまま槍を巨大猫に突き刺したまま白い影は宙を舞いながら地面に降り立った。
「エスは驚異的な再生力を持っておりますゆえ、こうして核を破壊してあげなければなりませんよ」
 柔らかな女性の声を発した白い影の背後で、巨大猫は灰に変わり、塵と化して風に運ばれて逝った。
 呆然と立ち尽くす夏凛に白い影は恭しくお辞儀をした。
「政府組織ヴァーツに所属するフィンフと申します」
 金色の流れる髪を靡かせながら、純白の衣を纏ったフィンフは地面に刺さった槍を軽々と抜いた。
 細身の身体で槍を華麗に扱うフィンフを見て夏凛は顔を紅く染めた。
「アタシ夏凛っていいます、友達になってください。ケータイの番号は――」
 腕に巻いた腕時計型モバイルの液晶画面に映し出された電話番号を読み上げようとする夏凛をファンフは慌てて止めた。
「あ、あの夏凛様のことは存じております。ですが、今は世間話をしている暇もありませんので、次の機会に。では――」
 身体を地面から少し浮遊させたフィンフは、そのまま地面すれすれの距離を飛んだ。夏凛は誘われるままにフィンフを追った。
 地面に立ったフィンフはすぐさま槍を回転させることにより、魔導で壁を作りあげて巨大な光を待ち構えた。
 ゾルテの放った輝く魔導波はフィンフの構築した魔導壁によって防御された。
「危ないところでしたね」
 呟くフィンフの目はすでにゾルテを見据えている。
 ヴァーツたちの普段の仕事はエスと化した怪物を相手にすることなどだが、本来の仕事は地上[ノース]で問題を起こした堕天者[ラエル]たちと戦うことだった。
 フィンフ、ゾルテ、鴉ともに互いを見据え動こうとしなかった。
 ゾルテはゆっくりとフィンフに向かって歩き出した。
「ようやくヴァーツのご登場か。しかし、ひとりだけとは余も舐められたものよ」
 ゾルテに姿はまだ遠くだが、フィンフの構える槍の切っ先はゾルテの心臓を狙っていた。
「堕天者[ラエル]などわたくしひとりで十分。鴉、貴方は動かないように。騒ぎを起こしたら貴方も処罰の対象となりますよ」
 槍のグリップを強く握り直したフィンフはゾルテを睨付けながら言葉を付け加えた。
「夏凛様も手出しは無用です。戦いの邪魔となります」
 ドキっとした夏凛は大鎌を背中の後ろに回して後退した。
 フィンフの身体が霞む。影をその場に残してフィンフの身体は地面を滑るように移動し、対天人[ソエル]用の槍が雷のごとく走る。
 常人では槍を躱すことはできない。それは並みの天人[ソエル]であっても同じことだ。しかし、彼は違う。
 ゾルテを纏う覇気が物語るものが大地を震え上がらせる。
「さすがはヴァーツ、と言いたいところだが、余に速さという概念は通用せぬ」
「しまった!?」
 手に相手の身体を突き刺した感触が伝わって来ない。フィンフはすぐさま槍を引き戻そうとしたが、それすら叶わなかった。
 冷笑を浮かべるゾルテ。彼の手にはフィンフの槍がしっかりと握られていた。
 槍を持つフィンフの身体がそのまま持ち上げられて、滑らかな曲線を描きながら地面に叩きつけられる。
 凄まじいスピードであったために、フィンフは何もできずにアスファルトに身体を埋めた。
 ――それは幻だった。
 ヴァーツは大地[ノース]に堕ちた天人[ソエル]を管理する立場にある。ゾルテも今や堕天者[ラエル]に過ぎない。
 地面に埋もれたフィンフが霞み、地面には?痕跡?すら残っていなかった。
 槍は風の唸りをあげ、ソルテの核を狙う。
 鬼の形相を浮かべるゾルテは〈ソード〉化した腕を振るう。しかし、それも幻。
 〈ソード〉よって斬られたフィンフの影は霞み消え、ゾルテは遥か上空から飛来する白い影を見た。
 音速を超える白い影はジェット機のような音を鳴らす。
 地面が弾け飛び、破片が宙を飛び交い、砂が視界を遮る。
 熱を帯びた槍先はゾルテの心臓の手前で止まり、槍を掴んだゾルテの手は焼け焦げて、彼の立つ地面はクレーターのように大きく抉られた。ゾルテはフィンフの槍を受け止めた。
 ――だが、ゾルテの顔を歪んでいた。
 感触は確かにある。ゾルテの掴む槍の先にはフィンフが宙に浮いた格好のまま動きを止めている。しかし、フィンフは別の場所にいるのだ。
 二つの槍がゾルテの身体を左右から貫く。その槍を突き刺した人物は確かにフィンフであった。フィンフが三人いる。
 身体を貫かれたゾルテであったが、最初に掴んだ槍を放すわけにはいかない。その槍は今も自分の心臓を貫こうとしている。
 フィンフは静かに微笑んだ。
「あと一本です」
 次の瞬間、ゾルテは背後から刺された。
 腹から突き出る槍を見ながらゾルテは口から血を吐いた。
 槍を握っていたゾルテの力が弱まったのをフィンフは見逃さなかった。
 最後の槍がゾルテの身体を貫き、四人のフィンフは串刺しにしたゾルテを天に掲げた。
 天に捧げられたゾルテの身体からは槍を伝って血が滴り落ち、地面を紅く彩っていく。
 四人のフィンフは神々しいまでの笑みを浮かべた。しかし、その内面には何か恐ろしいモノが潜んでいた。
「?わたくしたち?は慈悲深い、殺生は好みません」
 轟々と雲海が唸り声をあげた。
 ゾルテは逃げることすらできなかった。普段ならば自らの身体を引き裂いてでも槍から逃れただろう。しかし、今はできなかった。
 灰色に染まった天は時折雷を走らせ、誰もが息を呑んで空を見上げてしまっていた。
 一際大きな雷光が幾つも天を泳いだ時、神々しい輝きとともに天に何かが現れた。それは巨大な門であった。
 天に浮かぶ巨大な門を強烈な威圧感で場を萎縮させ、門の奥からはもがき苦しむ叫びが聞こえるような気がする。
 無表情でゾルテとファンフの戦いを傍観していた鴉であったが、この時ばかりは目を細めて天を仰いでいた。
「〈裁きの門〉か……ルシエほどの堕天者[ラエル]ならば、相応と言える」
 いつの間にか鴉の黒衣をぎゅっと握り締めていた夏凛は、天を仰ぐ鴉に息を詰まらせながら尋ねた。