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第八章 交響曲の旋律と

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 先ほど、異母姉メイシアを含めた鷹刀一族の主要な者たちが執務室に集められた。予告されていた通り、ミンウェイが捕虜の顛末を報告するのだという。
 ハオリュウもイーレオに声を掛けられたが、父が心配だからと丁重に断った。イーレオも無理には誘わなかった。話の内容が、捕虜が〈蝿(ムスカ)〉の〈影〉だったということであり、鷹刀一族と〈蝿(ムスカ)〉との因縁は、ハオリュウとは無関係と思ったからだろう。
 シュアンから聞いているハオリュウは、すべて知っていた。だからこそ彼は、皆が――特に異母姉が、確実に父のところに来ない、この時間を狙っていた。
 ふとハオリュウは、別れ際にイーレオに言われたことを思い出す。
『ひとりで抱え込みすぎるなよ』
 おそらく、父が心を病んでいるとでも思っているのだろう。そして、それを支えようとしているハオリュウを気遣った。
 何気ない、ひとことだった。だが、胸が苦しくてたまらなかった。
 ――姉様のためだ……。
 泣き出したいような痛みを押し込め、ハオリュウは仮面を付ける。もはや父ではなくなってしまった『父』に笑いかける――。
「ありがとうございました。おかげで異母姉を喜ばせることができました」
 ハオリュウは、持参したコーヒーをテーブルに載せた。「『藤咲コウレン』は、紅茶よりもコーヒーが好きなんですよ」と言いながら、父に勧める。
 コウレンはまだ湯気の立つカップには手を付けず、やや不満げに呟いた。
「あれほどの娘だ。凶賊(ダリジィン)にくれてやるのは勿体なくないか? どこかの有力な貴族(シャトーア)のほうが……」
「『父様』。僕にとって、異母姉だけは大切なんです。政治利用はしたくありません。それに『藤咲コウレン』は娘の気持ちを第一に考える人です。今回の場合、鷹刀ルイフォンにやる以外、選択肢はありません」
「しかしなぁ……」
 未練がましく、コウレンが唸る。
「それよりも、この屋敷にいる間に『藤咲コウレン』のことを頭に叩き込んでください。今日中に藤咲家に戻る予定でしたが、体調がすぐれないと言って二、三日滞在させてもらうことにしましたから」
 すっかり仕切っているハオリュウである。コウレンが半ば呆れたように溜め息をついた。
「藤咲の当主はボンクラで有名だったが、まさかその息子がこうだったとはな……」
「父が頼りなかったから、僕がこうならざるを得なかったんですよ」
 打てば響く返答に、コウレンは舌を巻く。
「まったく、頼もしい『息子』だ。――ありもしない書状をでっち上げ、儂(わし)への疑惑を上手く拭い去った手腕、見事だったぞ」
「『父様』にお褒めいただけるとは、光栄ですね」
 あの作り話は、貴族(シャトーア)ではないシュアンが、家印の重要性を知らなかったことから思いついた。必要なこととはいえ、よくも平然と大嘘をつけるものだと、ハオリュウは自嘲する。
「儂(わし)も、最後に物々しく言ってやれたろう?」
 大根役者が、得意げに胸を張った。
 褒めろとでも言うのだろうか? ハオリュウは、笑顔を保ったまま奥歯を噛みしめる。
 本来なら、書状の件は『父』が説明すべきだった。だが、『藤咲コウレン』とは似ても似つかぬ尊大な〈影〉に喋らせるくらいなら、不自然でも黙っていてくれたほうがましだと思ったのだ。
 望む答えをしてやるのも馬鹿馬鹿しいので、ハオリュウはコーヒーをひと口飲んで誤魔化した。
 そのとき、向かいに座るコウレンが、じっと自分を見ていることに気づいた。粘つくような目つきに、ハオリュウは顔をしかめる。
「お前は子供のくせに、ミルクも砂糖も入れないんだな」
 不快な視線が絡みつく。
「ええ。たまにミルクを少々入れますが、基本はブラックですね」
「なら、儂(わし)の前にあるコーヒーは飲めるな」
「……!」
 ハオリュウは、息を呑んだ。
 コウレンがソーサーを押し付ける。テーブルの上を引きずる、ざらついた不協和音。耳障りな音はハオリュウの心臓の外側を引き裂き、心臓の内側を破裂しそうな勢いで脈打たせる。
 中央に置かれた花瓶の境界線を越え、ハオリュウの領域に寄せられたカップの中で、黒い液体が揺らめいた。コウレンの瞳が、狡猾な光を放つ。
「お前は、ブラックが好きなんだろう?」
 ハオリュウの額から、脂汗が一滴、したたり落ちた。
 体の内部はこれ以上ないくらい激しく脈動しているのに、指一本すら動かせない――ただの一呼吸さえもできない。
「盛ったか。――毒を」
 コウレンがどっしりと椅子にもたれかかり、鼻で笑った。
 取り乱したりしたら、相手を無駄に喜ばせるだけだ。そんなことはプライドが許さない。その思いだけで、ハオリュウは無理やり口を開く。
「ええ。僕がこっそり庭から拝借した、毒(トリカブト)が入っていますよ」
 言葉とは裏腹の、無邪気な笑顔を返す。
 ミンウェイが薬草と毒草のエキスパートであることは聞いていた。だから、興味本位のふりをして庭師に教えてもらったのだ。
「まさか見破られるとは、思ってませんでしたよ」
 ハオリュウはおどけたように肩をすくめる。
「長年、貴族(シャトーア)の当主をやってきた儂(わし)を甘くみるな。お前ごとき小僧の浅知恵など、儂(わし)には手に取るように分かる」
「ご冗談を。あなたに僕の思考が読めるとは思いませんね」
 もはや小馬鹿にした態度を隠しもしないハオリュウに、コウレンは敵意をむき出しにした。
「はっ! お前は当主の座に就きたいんだろう? だったら『父』の儂(わし)は邪魔な存在だ。ボンクラの実の父なら操ることもできただろうが、儂(わし)は違うからな」
「そうですね。確かに、あなたは父とは違う」
「お前は、初めから儂(わし)を消すつもりだった。藤咲家に帰る前に、凶賊(ダリジィン)の屋敷にいる間に。――そのほうが、儂(わし)の死因をうやむやにしやすいからな」
 ハオリュウは何も言わずに、ただ口の端を上げた。それを図星と捉えたのか、コウレンは調子に乗ってまくし立てる。
「現当主が死ねば、嫡男が継ぐ。だが、お前は未成年で、しかも母親が平民(バイスア)だ。異母姉に婿を取ろうという動きが起きるだろう。そうならないように、儂(わし)を使って邪魔な異母姉を美談で排除したわけだ」
「なるほど。あなたはそう考えたわけですか」
 こんな男に本心を語る気は、さらさらない。ハオリュウは、すました顔で受け流す。
「儂(わし)はな、異母姉を排除したあと、お前がどう出るかを心待ちにしていたのだよ。儂(わし)に歯向かってくるか、取り引き通りにするか。はたまた、もっと長い目で儂(わし)を狙ってくるか……」
 すべてお見通しだったと言わんばかりにふんぞり返り、コウレンが悦に入る。
「お前は子供のくせに、頭が切れすぎた。子供は子供らしくしておればいいものを。だから儂(わし)に疑念を抱(いだ)かれたのだ」
「確かに、僕は少々、あなたを侮っていたようです」
 ハオリュウは、苦笑混じりに溜め息をついた。それを見て、コウレンが勝ち誇ったように醜く顔を緩ませる。
 けれどハオリュウは、これで打つ手をなくしたというわけではなかった。
「年齢なんて、関係ありませんね」
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN