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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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おばあちゃんのカレーライス

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ぼくは海がきらいだ。
 おばあちゃんやおじいちゃんは大好きだけど、夏休みは泊まりにおいでって誘われても、お盆のママの里帰りのときしか行かない。
 ところが、今年はひと夏、田舎で暮らす羽目になってしまった。単身赴任中のパパが病気で入院して、ママが看病に行ってしまったから。
 
 田舎の生活は朝が早い。三時半にたたき起こされて浜へ行くと、おじいちゃんが引き上げてきた海老網から、海老や絡まったゴミをとる作業が待っていた。
「四年生なら、手伝いもしなくちゃね」
 近所の手伝いの人たちがぼくに言う。
(ふん。よけいなお世話だ)
と、思いながらゴミをとった。四時から七時まで、たっぷり三時間かかった。
 それから朝ご飯。とれたばかりの磯魚の煮付け。伊勢海老のみそ汁。というメニューは、たぶん、すごいぜいたくなんだろうけど、ぼくは食べたくない。おばあちゃんはしかたなく目玉焼きを作ってくれた。
 そのあと、裏山の畑の草取りや水まきを手伝わされた。暑いし、虫がいっぱいいていやだった。
 やっとひまになったので、せっかく持ってきたゲームをやり始めたけど、つい寝てしまった。目が覚めたらお昼はとっくにすぎていた。
「おや、起きたかい? 今朝、早かったからね。ほら、アキラの分」
 おばあちゃんがぼくの分を冷蔵庫から出してきた。それを見て、ぼくはブーイング。
「そうめんかあ。いやだなあ」
「おや。きらいかい?」
 むりやり田舎に連れてこられた不満や、朝から力仕事なんかさせられてつかれたぼくは、わがままを言った。そうすれば朝みたいに、ほかのものを出してくれると思って。
「ハンバーガーと、フライドチキンがいい」
 ところが、おばあちゃんはそんなに甘くなかった。
「いやなら食べなくていいよ」
と、そうめんを引っこめてしまった。
 作戦は失敗だ。考えたら、この家の近くには、ファーストフードのお店はない。ぼくは空きっ腹を抱えてたえるしかなかった。

 夕方、おばあちゃんがフライパンで何かを焼いていた。
「おばあちゃんのハンバーグだよ」
 アジをたたいて、ネギやショウガや紫蘇の葉のみじん切りを入れて、みそで味付けしたものだ。いやだと思ったけど、黙っていた。さすがに二食ぬくのはきついからね。
 でも食べてみたら、さっぱりしてておいしい。骨もないから食べやすかったし。
「これはさんが焼きっていうんだ」
 赤い顔して晩酌をしているおじいちゃんが教えてくれた。おじいちゃんの前には、焼くまえのものがお皿に盛られている。
「こっちはなめろうっていうんだよ。うまくて皿までなめるほどだから」
「へえ、おもしろい名前」
「ちょっと、なめてみるか?」
 生の魚なんて絶対口にしたことがないぼく。
 ごくんとつばを飲み込んで、目をつぶって食べてみた。とろっとして、ほんのり魚の甘みがする。おいしかった。

 毎日三時半に起こされる日が続く。でも、慣れてきたら、早起きが気持ちいいって少し思えてきた。涼しい潮風はさわやかだ。
 おじいちゃんの小さな船がもどる頃、沖合で漁をする漁船が次々と港を離れていった。
 網から海老をはずす。丁寧にはずさないと足がとれて売り物にならなくなるから、手伝いの人たちが慎重にはずしている。
 海草がからまってるのは仕方ないけど、ジュースやお酒の空き瓶や空き缶までからまっている。ひどいのは釣り人の捨てていったテグスで、網を切らなきゃはずせないんだ。
 切れた網は一日中、おじいちゃんが繕っている。

 海老網のない日の朝はゆっくりできる。それでも六時に起こされるけど。
「今日はね。テングサを採りに行くけど」
 おばあちゃんはすごく元気な七十才。もしかしたらと、不安がぼくの胸をよぎった。
「アキラが手伝ってくれると、助かるよ」
(うっ。やっぱり)
「そうだね。そしたら晩ご飯は、お肉をたくさん入れたカレーにしよう」
 おばあちゃんのほんわかした笑顔と、お肉のカレーにつられて行くことになった。ここにきて二週間になるけど、肉は全然食べてなかったから、うれしかった。
 磯がひいている。海がぐっと遠くなって、海底のごつごつした岩がむき出しだ。ぼくはアメフラシがいやしないかとびくびくした。
 実はぼくが海が嫌いなわけは、アメフラシにあるんだ。
 四つのとき、磯遊びしててアメフラシをふんづけてしまった。ぐにゃっとした気持ちの悪い感触と、たちまち広がった紫色の液体にぼくはびっくりした。それで、あわてて逃げようとしたら、潮だまりの中にころんで、海水をいやというほど飲んじゃった。
 それを思い出すと、足がすくむ。でも、おばあちゃんがぼくを呼ぶ。
「早くおいで。足袋はいてるから何ふんづけてもだいじょうぶだよ」
 ゴム底の足袋だから、だいじょうぶなのはわかってるけど、磯は歩きづらい。太陽がぎらぎら照りつけて、麦わら帽子をかぶっていても灼けそうだ。
 おばあちゃんがとったテングサを、ぼくは浜まで運んだ。水を含んでいるとすごく重い。
 おじいちゃんがオートバイでそれを取りに来た。庭に広げて乾かすんだ。
「テングサって何にするの?」
 すると、おじいちゃんはげらげら笑った。
「そうか、アキラは知らないか。これは、ところてんの原料だよ。それに寒天のな」
 へえ、そうだったのか。といっても、ゼリーは食べるけど、ところてんなんか、あまり見かけないからわからないよ。乾いたものを業者が買いに来るんだって。
 おじいちゃんが最後のテングサを運んでいってから、おばあちゃんはサザエやトコブシを捕りだした。
 ぼくは日よけになる岩陰で、砂山を作って遊んでいた。どうしても泳ぐのはいやだ。
 しばらくすると、近所のおばさんが血相を変えてやってきた。
「おじいちゃんが事故を起こして……」
 ぼくとおばあちゃんはびっくりして、そのおばさんの車で病院に駆けつけた。
 おじいちゃんは幸いかすり傷だったけど、検査をするので、一晩入院することになった。
「いやあ、面目ない。テングサがタイヤにくっついててな。スリップしてしまったんだ」
 おじいちゃんはすまなそうに言った。
病院からもどったときは夕方だった。
「ああ、あわててたから買い物もできなかったね。ごめんよ。アキラ。カレーは明日でいいかい?」
「やだ。お肉たくさんのカレーって、おばあちゃんが約束したんだよ。約束は守ってよ」
 事情はわかっているのに、ぼくはムキになった。久しぶりでお肉が食べられるから、がまんして海に行ったのに。
「おばあちゃんのバカ! うそつき!」
 叫んだぼくをおばあちゃんがにらんだ。
 ぼくはぶたれるかと思ってひやっとしたけど、おばあちゃんはぷいっと背を向けて台所に入った。そして、ジャガイモとにんじんを切り始めたんだ。
(え? カレー作るの? お肉がないのに)
 ぼくは障子のかげから、おばあちゃんの顔をじっと見つめた。おばあちゃんは口をへの字に曲げて、今度はタマネギを切っている。
 野菜を鍋に入れて火にかけると、外へ出ていった。
 まさか、今から歩いて町までお肉を買いに行くつもりじゃ。片道三十分かかるのに。
 おばあちゃんは、金づちでサザエの殻をわりはじめた。そして中から身を取り出すと、ざくざくと切って野菜の鍋にぶちこんだ。