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Without you

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 俺の初恋は中一、十三歳の時だった。
 西暦で言うと七一年になる……ずいぶんと昔の話だ。
 相手は同級生の女の子、物静かであまり目立たないタイプ、ちょっと大人っぽい雰囲気がある、可愛いと言うより綺麗な娘だ。
 もっとも、多くの男子はそう感じていなかったようだ、と言うのも少し小柄で細身、顔立ちもわりと和寄りな感じだったから。
 まあ中一の男子なんて、少し胸のふくらみが目立ち始めていたり、目鼻立ちがはっきりしてる娘を大人っぽいと感じてたみたいで、その点俺は内面から滲み出す雰囲気をそう感じていたのだから、少しは見る目があったんじゃないかと今でも思っている。
 今では中学生のカップルも堂々としたものだが、当時はまだ二人っきりで登下校したりデートしたりするような雰囲気ではなかった。
 活発な女子なら結構男子に混じってワイワイやったりしていたし、そういうタイプの娘となら俺もフランクに話せたのだが、彼女の前ではどうもいけない、つい意識して緊張してしまい、そっけない態度をとってしまっていた。

 男女交際が一般的ではなかった時代だったとは言っても、中学生ともなればいっぱしに恋くらいするし、友達の間でも誰それが可愛いとか、誰それが好きというような話もする、俺がそんな話の中でチラっと漏らしたのが、俺の友達から彼女の友達へと伝わり、彼女の耳にも入ったようだ、そのうちになんとなく彼女も俺を意識してくれているような素振りを見せてくれるようになった。
 だが、そうなると余計に意識して緊張してしまうようになり、彼女のほうも大人しいタイプだったので、お互いに告白するというところまでには至らなかった……だらしない話だが。
 
 そんな頃流行ったのがニルソンの『Witout you』だった。
 スローバラードだから中学生程度の英語力でも歌詞の大まかな意味は汲み取れたし♪Can’t live if living is without you~のくだりの意味はわかる、美しいメロディ、ちょっと切ない歌声ともあいまってぐっと来たのだ。
 それにしても、実際に失恋したわけではないのにCan’t live~とは……いわゆる『恋に恋する頃』だったのかもしれない、『好きだ』と言う気持ちは確かだった様に思うのだが……。

 結局そのまま中学を卒業してしまい、彼女とは何もないままだった、究極のプラトニック・ラブだ、まぁ、あの頃の中学生ならそんなものじゃなかったかな、と思う、一応付き合ってる、なんてカップルもなくはなかったが、大差はなかったんじゃないかと思う。

 そんな経過で初恋はプラトニックのまま終わったわけだが、彼女とは一回だけ会う機会があった。
 大学二年の時のことだ、俺は相変わらず中学の頃と同じ街に住んでいたし彼女もそうだった、休日の街でばったりと出くわしたのだ。
「あ……」
「あら……」
 そんな感じの再会、なんとなく気まずい空気が流れたが、俺は今度こそ勇気を出して茶店に誘い、彼女も応じてくれた。
 その時に聴いた言葉だ……。

「来年……短大を卒業したらお嫁に行くの……」
「……そうなんだ……」
「中学の時……ろくに声もかけてくれなかったわね」
「……ごめん、なんだか照れくさくて……って言うか、勇気がなくて……」
「わたしも好きだったのよ……あの時ちゃんとおつきあいしていたら今頃どうなってたんでしょうね……」
「……」
「ううん……きっと変わらないわね、わたし、今の彼を愛してる、彼もわたしを愛してくれてきっと幸せにしてくれるって言ってくれてる、早い結婚になるけど迷いはないわ、わたし、彼についていく、ずっと……」
「……」
「さようなら……卒業式の日にさえちゃんと言えなかったけど、やっと言えたわ」
「ああ……」
 彼女の前では俺は最後までだらしない男だった……。

 そして俺も二年後に大学を卒業して就職した、いくつかの恋も経験したし、二十代も残り少なくなった頃ともなればある程度ゴールインも念頭に置いた交際もいくつかあった。
 だが、なかなか結婚には至らずグズグズしている内に三十代も半ばを過ぎてしまった。
 別に高望みしていたわけではないと思うし、エリートとまでは言えないまでもそこそこの稼ぎはあった、それにルックスも十人並みよりはちょっとくらいは上かな? と自認していたんだが、『この女性となら』とまでの想いを経験しなかったのだ。

 そして現在も交際中の女性がいる。
 由美子と言う名で歳はひと回り下の二十六歳。
 会社の周年パーティの準備チームで一緒になったことから交際に発展した娘だ。
 由美子は気立てが良くよく気がつくタイプ、特別に美人と言うほどでもないが愛嬌のある明るい娘で付き合っていて楽しい、いわゆる『お嫁さんにしたい』タイプだ、そして俺もその例外ではない。
 そしてひと回り歳下だと『可愛いな』と思うことも多くて、結婚に関してはグズグズしていた俺だが、いつしか『この娘となら』と思うようになっていた。
 ひと回り下と言っても二十代半ば、結婚するのに早すぎるということはない、彼女としても俺との結婚を考えてくれていたのだろうと思う。
 しかし、その反面、ときおり世代のギャップを感じてしまうこともあったのもまた事実だった、それゆえか、食事などしていても互いに結婚相手としてどうなのか? と言う探り合いがないわけではない、俺もそうだったが、由美子の方でもまだ揺れ動いていたのではないかと思う。
 
 そんな不安定な関係が続く中、カジュアルなレストランでふと流れて来た曲に彼女が反応した。
「あ……この曲、好きなの」
「え? この曲って……」
聴き覚えのあるイントロに続いて流れて来たのは女性ボーカル、しかし曲はまぎれもなく『Without you』だった。
 ニルソンがこの曲をリリースしたのは七十一年、それから二十三年を経た九十四年にマライア・キャリーがカバーしていたのだ。
 俺がナイフとフォークを置いて聴き入ると、由美子も同じようにして聴き入った。
 マライア・キャリーのヴァージョンはニルソンよりも少しゴスペルっぽく歌われていたが、記憶に深く残っているニルソンのヴァージョンと比べても『これじゃない』感じはない。
 記憶が一気に中学生時分まで引き戻された、が、不思議と初恋の彼女の顔は浮かんで来ない、
 俺の頭の中に浮かんで来たのは十三歳の由美子……その頃の由美子を知らないので今の由美子をそのまま幼くしただけだが……そして肩を並べて聴いているのは、同じ十三歳の頃の俺だ……。
「あなたもこの曲好きなの?」
「ああ、だけどヴァージョンが違うんだ」
「そう言えばこれってカバー曲……」
「俺が知っているのは七十一年のニルソンのなんだ、中学校の頃に聴いてた」
「ニルソン?」
「知らないだろうな、つい最近だがもう亡くなってるし……ヒットを連発するようなタイプの歌手じゃなかったけど、当時はビートルズのメンバーなんかとも親交があって音楽的には高く評価されてたんだ」
「そうなんだ……マライアのとはだいぶ違う?」
作品名:Without you 作家名:ST