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暦 ―こよみ―

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神無月(二)運転免許


 日曜の朝、休みを合わせたこの日、早紀子は渉に呼び出されて、家の近くの交差点に立っていた。なんで、こんな所で……とブツブツ文句を言いながら待っていると、目の前に一台の車が止まった。そして、なんと運転席から降りてきたのは渉だった。
「何! 何なの! この車! 渉、免許は?」
 慌てふためく早紀子の様子を面白そうに眺めながら、渉はしてやったりという表情で言った。
「驚いただろう? 俺、免許を取ったんだ。この車は早紀の伯父さんに借りたんだ。とにかく乗れよ」
 そう言われて助手席に乗ったが、早紀子は合点がいかない。
「いったい、いつから教習所へ通っていたの? 費用は? 家計が大変だから、伯父さんの所でも講習中は家賃を免除してもらっていたのよね? 働きだした今だって格安にしてもらっているのに、まさか、長野のお母さんに助けてもらったわけはないわよね?」
「心外だな、そんなことするわけないじゃないか! 早紀を驚かせようと思って内緒にしていたのにがっかりだよ」
 渉は一気に不機嫌そうな表情に変わり、車を走らせた。
「だって、どう考えたっておかしいじゃない。免許ってお金かかるでしょ?」
「そう金、金って言うなよ。雰囲気ぶち壊しじゃないか!」
「じゃあ、ちゃんとわかるように説明してよ。私、心配して聞いているんだよ。まさか、高いローンに手を出したとか……」
「早紀の伯父さんに言われたんだよ。家を借りるようになってすぐの頃、免許を取らないかって」
「伯父さんがどうして?」
「伯父さん、だんだん運転するのが億劫になってきたらしいんだ。これから歳をとると運転も危ないし、それなのに、車は今以上に必要になる……だから、費用は出すから免許を取って、必要な時に乗せてくれないかって」
「な〜んだ、お抱え運転手ってことか」
「せっかくサプライズで早紀をドライブに連れていこうと、ずっと黙ってたのに……今日は楽しみにしてきたけど、その辺ひと回りして送っていくよ」
「ごめん……でも、そんなこと知らないから驚くよ。心配にだってなるよ」
「俺のこと、信じてないってことだろ?」
「じゃ、渉、私の立場になって考えてみてよ。質素な暮らししかできないはずの彼が、いきなり車で迎えに来たら、わーうれしい! と思う? ただの遊び友だちだったらそうかもしれないけど、大切な人なら心配になる方が先でしょう?」
「……まあ、そう言われてみればそうかな……」
「それに、そんな重大なこと、今まで隠しておくなんてひどいわ!」
 いつのまにか立場は逆転していた。早紀子の機嫌は悪くなり、ふくれっ面で黙り込んでしまった。
「だから、それは早紀を驚かせようと思って……機嫌直して、ドライブを楽しもうよ。伯父さんから軍資金ももらってきたんだから」
「ええ!」
「免許を取ったお祝いと、早紀をどこかへ連れて行ってやってくれって頼まれたんだ」
「なあんだ、それじゃ、お抱え運転手の初仕事じゃない。しっかり頼むわよ」
 機嫌を直した早紀子にホッとして渉が言った。
「はいはい、ご主人の姪御様、どちらに参りますか?」
 
 ふたりは海岸線の道路を走った。助手席の窓から見える、青い空に浮かぶ白い雲、そしてどこまでも広がる青い海。予想外のデートとなった早紀子は、気分上々でつぶやいた。
「気持ちいいわね」
「ああ」
「免許取りたてにしては、運転上手ね」
「まあな、免許もスムーズに取れたんだぜ。介護士デビューの前にほとんど課程はクリアーしていたんだ。俺って筋がいいんだろうな」
「調子に乗ってたら危ないわよ。油断しないで安全運転を心掛けてね」
「はいはい、それでな、今度長野まで遠出して来ようと思うんだ。そうそう休めないからトンボ帰りだけどな」
「あ、お母さんに雄姿を見せに行くわけね」
「いや、迎えに行こうと思うんだ」
「あら、こちらに見えるの?」
「車で行くって言ったら、東京に来たいと言うんだ。世話になっている横浜の伯父さんたちに挨拶したいんだと思うよ」
「わざわざいいのに」
「どんな暮らしをしているのかも見てみたいんだと思うよ。それに、東京も懐かしいだろうしな」
「そうだったわね、もともと、東京の人だったんだものね」
 
 
「ええ!」
 由紀子から話を聞いた早紀子は驚きの声を上げた。
「今度、早紀ちゃんの彼のお母さんが長野から出てくるってちょっと電話で話したら、直樹さんのお母さん、それを小耳にはさんだみたいで、ぜひ、自分たちの披露宴に来て欲しいってことになって……無理かしら?」
「だから、渉と私は何も決まっていないのよ。渉が出席するだけでもおかしいのに、お母さんまでなんて……」
「よねぇ、私もそう思うんだけど、一応伺ってみて。招かれたことを話もしないというわけにはいかないから」
「本当に、直樹さんのお母さんて変わった人ね」
「そうね、でも早紀ちゃんに人のこと言えないと思うけど」
 
 
「ええ! 嘘だろう!」
 早紀子から電話で、由紀子の伝言を聞いた渉は驚きの声を上げた。
「でしょう? 無理だって返事しておくわね」
「まあ、一応、母に話だけはしておくよ。声をかけてもらったことは伝えておかないと」
 
 
「ええ!」
 折り返しかかってきた渉からの電話は、今度は早紀子を驚かせた。
「びっくりだよな。喜んで出席させてもらいますだって」
「なんだか、みんな、変わった人たちばかりに思えてきたわ」
「とにかく、披露宴に合わせて母さんを迎えに行くよ。俺、実はさ、助かったことがあるんだ」
「何?」
「ガソリン代さ。さすがに長野往復は伯父さんに申し訳なくて、払わなければいけないと思っていたんだけど、親戚の用事だから必要経費ということになるよな?」
「うん、なるなる」

作品名:暦 ―こよみ― 作家名:鏡湖