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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Deep gash

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 祐介は言いながら上田の死体に触ろうとしたが、あやめが止めた。真っ赤な光が地下道の入口に見えて、祐介は諦めたようにその場に座り込むと、目を閉じた。パトカーが入ってきた。直感的に結論付けたが、いくら広いとはいえ歩行者用のトンネルにパトカーが入ってくるわけがない。そう思って目を開いた祐介の目の前に、割れて傷だらけになったバンパーが迫った。後部が押しつぶされたように歪んだスカイラインは、思わず後ずさった祐介を轢く直前で停まった。排気ガスの匂いに咽ながら、祐介は立ち上がった。トランクが開き、運転席から降りてきた荘介が言った。
「早く」
 祐介は、荘介と二人で上田の死体を担ぎ上げると、いびつに歪んで狭くなったトランクに押し込んだ。一度開いたトランクは中々閉まらず、荘介はガムテープで両端を留めた。助手席に祐介が乗り込み、荘介はその場に立ち尽くしているあやめの手を引いた。
「行こう」
 祐介は、さっき頭上で聞こえた衝撃音が、荘介がスカイラインを体当たりさせて柵を壊した音だということに気づいた。真っ暗になった海岸沿いを走らせ、港の近くにある空き地にスカイラインを停めると、祐介は遠くに見えるコンビニを指差して、言った。
「腹減ったな。ちょっと、なんか買ってくるわ」
 祐介が降りて横断歩道を渡りきったとき、荘介はエンジンを止めて、あやめに言った。
「海まで歩こう」
 あやめは後部座席から下りて、荘介に手を引かれるままに、海岸の方へと歩いた。夏に開くパラソルや、屋台。それが全て折り畳まれて、ワイヤーでぐるぐる巻きにされている。荘介は、海水浴用の砂浜に続く階段の真ん中に腰を下ろすと、真っ黒な波が打ち寄せる海を見ながら、隣に座ったあやめに言った。
「兄貴は、いつもなんか忘れよる」
 ヒビの入ったスマートフォンをポケットから出すと、画面を見つめて、あやめに差し出した。
「ハマチか。もうちょっとええ名前ないん? メジロとか」
 あやめは俯いて、目を閉じた。その両目から涙が伝った。
「本当に、ごめんなさい」
 荘介は、スマートフォンを差し出しながら、首を横に振った。
「おれらは、なんも悪いことなんかしてへんかったのにな」
 あやめは、スマートフォンを受け取ると、それが春美の分身であるかのように、呟いた。
「やっと分かりました。わたしも、これしかできないんです」
 春美がずっと使い続けてきたアカウント。あやめは掲示板にスレッドを立てた。ルールは、楽譜のように頭に刻まれている。『車両回収』とタイトルをつけたあやめはコートの袖で涙を拭うと、空き地に停められたスカイラインを振り返った。
「わたしは、お母さんの仕事を継ぎます」
「せめて、高校は最後まで行きや。おれも大学は出るで。兄貴は……、あいつはずっと同じ曲の同じ音を外しよる。どないすんねやろな」
「『和音』を継ぐって、言うてました」
 あやめが言うと、荘介は笑った。
「ちゃっかりしよって。ラッキーボーイやな」
 そう言ってあやめの横顔を見ながら、荘介は思った。いつか一緒になりたかったし、今でもなれると思っている。いつか、誰かに言える日が来るだろう。それでも、自分たちはこうやって二人きりになったのだと。
「夏になったら、ここにも人が集まるんですか?」
 荘介はうなずいた。昔、家族で来たことがある。まだ、杏奈はいなかった。家族という言葉では思い出せても、一人一人の顔はおぼろげだった。
 大きな波が弾けて、あやめが叱られたように首をすくめた。荘介は真っ黒な塊のような海を見つめた。波は、足をつけた人間を容赦なく沖にさらおうとする。しかし、夏の真っ青に透き通った海でも、それは同じことだ。
「海は真っ黒で怖いけど、その分な」
 荘介は空を指した。あやめは空を見上げて、真っ白に光るような星空に目を大きく見開いた。荘介がその横顔を見ていたとき、足音が後ろで止まった。
「何をこそこそしとんねん」
 荘介は振り返ると、弁当を三つ提げた祐介を見上げて、顔をしかめながら笑った。
「自分、そういうとこやぞ」
「何がじゃ、無理から鳩に食わすぞ」
 荘介は笑いながら少しずれて、祐介が座る場所を空けた。弁当を受け取ると、あやめに手渡した。割り箸を割りながら、祐介は言った。
「寒いな。あんな真っ黒の海なんか見て、何がええねん」
「下、Tシャツ一枚やからやろ」
 荘介は呆れたように笑いながら、割り箸を割った。何の合図も待たずに勢い良く食べ始めた祐介を横目に、あやめの肩に触れながら、言った。
「怪獣みたいやな」
 荘介の目に映った、ヘッドホンをつけていない祐介。それは今までに見たことのある、どの姿とも違った。一度ギアが入ったら、一切後戻りはしない。祐介はまだまっさらな左手で、ペットボトルのお茶を飲んだ。とにかく飯を食わせようとする、がさつで荒っぽい人間たちの集まり。それが横井家だ。
 荘介とあやめは、顔を見合わせて静かに笑うと、二人で空を見上げた。
 遠くで波がまた砕けて、音が星空に散った。
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ