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Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―

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第惨話「愚者」THE FOOL


津島 三河守 長政
「魔女よ、独逸(ドイツ)にて『ニーベルンゲンの歌』を蔵書せし故(ゆえ)、照覧あれ」

十三宮 伊豆守 聖
「あら、本当ですね…北欧ゲルマン神話の研究に役立ちます! 長政(ながまさ)様、ありがとう御座います^^」

津島長政「『三河守(みかわのかみ)』と呼び給え」

 これは、数年前の思い出。当時、日本列島は内戦の真っ只中にあった。

生田兵庫「…ほしみくんのばか~っ! ぼくのゲームかえしてよ~っ!」

斎宮星見「バカっていったほうがバカなんだよ、バーカ!」

蘭木 訓(あららぎ おしえ)
「ねえ二人とも、図書館では静かにしようよ…」

生田兵庫・斎宮星見「「だまれ!! アララギくんはあっちいけっ!!」」

十三宮聖「…はいはい。兵庫ちゃんも、星見ちゃんも、喧嘩をしてはいけません。悪い子は闇夜、食屍鬼(しょくしき)に食べられちゃいますよ…」

生田兵庫「うわぁ! まじょのおねえちゃんだ! にげろ~!」

斎宮星見「おい! どこにいくんだよ?」

生田兵庫「あのおねえちゃん、おこるとつよくて、てからかみなりをうってくるんだよ!」

斎宮星見「マジかよ? じゃ、オレもにげよう!」

十三宮聖「いえ、別にそんな事は…」

生田兵庫・斎宮星見「「ダレカタスケテー!!」」

十三宮聖「はぁ…大丈夫ですか、訓ちゃん?」

蘭木訓「すいません。うちの馬鹿二人が、御迷惑をお掛け致しました…ところで、今さっき話していた『食屍鬼』って何ですか?」

十三宮聖「あ、はい。古来より、アラビアに語り伝えられている魔物で、その名の通り、人間を食べてしまう恐ろしい鬼です。向こうでは『グール』または『クトゥルブ』などと呼ばれております。シャイターン、サタンの悪魔が、天使の流星で撃ち落とされた時に、誕生したと言われ…そうそう、必ず一撃で倒さないと、力を取り戻し復活してしまう…なんて話も御座いますね」

蘭木訓「それは面白そうですね…実在するなら、この目で確かめて見たい」

十三宮聖「ええ…シャイターンは人間に化ける事もでき、最大の武器は、特に伝染病を流行らせる事だとか…きっと彼らも星の如く、化物の物語を謡(うた)われて来たのでしょう。三河守様、イスラム世界の神話に関する図書を…」

十三宮 巫部 仁(とさみや かんなぎ めぐみ)
「姉様、お客さんが来たよ!」

美保関天満「お世話になってます、伊豆守(いずのかみ)さん」

十三宮聖「あら、天満ちゃんに念々佳(ねねか)ちゃん、こんにちは^^」

禅定門念々佳(ぜんじょうもん ねねか)
「愛生(I say)! ラブニコ日和、です!」

十三宮聖「…本日は、如何なる書物をお探しですか?」

美保関天満「えっとですね…その前に、先日お借りした『ギルガメシュ叙事詩』を返却しようと思いまして…」

十三宮聖「ああ、はい。舞台は都市国家ウルク遺跡ですが、『旧約聖書』にも見られる洪水説話など、興味深いですね…しかし、かくも早くお返しに来られるとは、何か至急の御予定でも?」

美保関天満「いえ、特には…」

十三宮聖「お姉ちゃんの眼は、欺(あざむ)けませんよ? あなたの心は今、血塗られし世界を見据えている…違いますか?」

禅定門念々佳「こ…心を読まれてるニコ! やっぱりこの人、『スペックホルダー』ニコ!」

美保関天満「ちっ、バレたか…一時は大宰府まで押し返されていた九州の連合軍が、再び下関への上陸を開始したというニュースは、御存知ですよね?」

十三宮聖「ええ…私達の教会も、和睦の仲介に参じております」

美保関天満「下関陥落後、山口への総攻撃が予定されていますが、その空爆作戦に、あたし達が出陣する事になりました」

十三宮聖「…あなた方は、戦場へと赴くには、あまりにも若過ぎます」

美保関天満「自分が未熟である事は、あたしも良く分かっています。でも…」

禅定門念々佳「私も止めたんですが、『戦わなきゃ、分からない事がある』とか言って、譲らないニコ…」

 「地元の優しいお姉ちゃん」(後には「帝國最後の魔女」)として知られる十三宮聖(とさみや ひじり)が、最若の少年兵候補と話している間、司書学芸員の津島三河守長政(つしま みかわのかみ ながまさ)は、何かを思案していた。

十三宮仁「…津島様、どうしたんですか?」

津島長政「食屍鬼と言わば、我が国に於(お)きても、陸奥(みちのく)等に出没せし『人喰い族』の伝承が在(あ)る故、無縁とは思えぬ」

十三宮仁「奥州の、人喰い族…彼らは一体、何者なのでしょうか?」

津島長政「戊辰の役を絶頂とする明治維新に際し、『賊軍』と呼ばれし者を始め、環境の急激なる変化に適応出来ぬ武士達が、数多く時代より落伍した。其(そ)の中には、闘争を求め文明を棄て去り、『自然』に還らんと望む者さえ居た。『英霊』よりも『戦士』たらんとした彼等(ら)は、やがて生存の為(ため)ならば眷属(けんぞく)の血肉さえも食す野性を得るに至った。そして、其の末裔(まつえい)こそが…」

十三宮仁「つまり…幕藩が滅んで居場所を失い、歴史から取り残され、消え去る道を選んだ、名もなき武士…彼らの成れの果てが、人喰い族って事ですか?」

津島長政「飽くまで一説…否、語りに過ぎぬ。人喰い族は元来、極めて猟奇的なる形質を持つが、殊(こと)に二十年前の隕石爾来(じらい)、其の能力を大幅に強化せしめたとも云(い)う。彼奴(あやつ)等の遺伝子を改造すれば、人がその分身を創り、或(ある)いは変異せしめるが如き所業も亦(また)、不可には非ず…」

十三宮仁「そ…そんな事が、本当に…?」

 今となっては後知恵だが、「グールは一撃必殺で倒さねばならない」と云う「一撃信仰」は、第二・第三のダメージを与えると、彼らの遺伝子が空中に拡散し、更なる感染者を生み出してしまう…という意味ではなかったのか? そして、津島三河の言う「人喰い族」の存在、小惑星の破片(何らかの物質・エネルギーが含まれていたと思われる)が「彼ら」に与えた影響、更には生物兵器として軍事利用される可能性を、私達はもっと早く、真剣に想定するべきであったと、後に思い知らされる事になる。それに気付いた時には、もう手遅れだったのかも知れないが…。